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「つまり……?」

「あのね、祐。先に言っておくけど、養子に貰った以上、冬獅郎はうちの子で、施設は関係ない。戸籍を入れたその先は、子供が混乱するという理由で基本的に職員が顔を出してはいけない決まりになってる」



葛畑先生はもちろん、病院も施設に連絡することは、部外者に個人の情報を教えるのと同じ。学校も、病院に生徒の情報を教えることは論外だ。



「普段からそんな簡単に話してしまう訳じゃないと思うけどね。たまたま第一小学校は、あの病院の管轄だった。祐も小学校の頃、学校からあの病院に集団予防接種や、健康診断を受けに行っただろう?」



そんな関係があって、警戒心なく情報のやりとりをしてしまった。

病院からの電話を取ったのが、たまたま担任の大塚先生で、冬獅郎を気にかけていた。

この間、健康診断があって、生徒の健康手帳が手近にあった。

冬獅郎の健康手帳はまだ前の学校の物のままで、以前の名前と住所が書かれていた。

施設で病院からの電話を取ったのが、たまたま葛畑先生だった。



「特異なケースだし、病院や学校は悪意があったわけじゃないし、騒ぎにすれば冬獅郎が余計に可哀想な思いをさせるだけから、お母さんもめいいっぱいお灸を据えて終わるつもりだけど」



記事にだってしないしね、と父が冗談めかして笑った。

そっか、と私も言って、ぬるくなった湯呑みを両手で包む。



「だから、大塚先生からあんなに決死の謝罪電話があったわけね」

「ちょうど、大塚先生にお灸据えてる最中だったからね」

「病院には?」

「そっちはねぇ………」



急に遠い目をした父に、どうしたのかと不安になれば、こちらも地に足が着かない声音で口を開いた。



「お前が思いっきり、なんて言って送り出すから、母さん妙にハッスルしちゃって………。あれは当分、全員夢でうなされるだろうなぁ……」

「………………」



今なら、あの病院関係者に謝れる。

ごめんなさい。
















Side M


「あら冬坊。まだ起きてたのー」



部屋の戸を開けたのは、風呂上がりの眞知子だった。

頭からタオルをかぶり、タンクトップにスウェット姿の彼女は、仕事柄か、細身ながらしっかりとした筋肉のついた体をしている。


布団の上で座り込んだ冬獅郎の横まで来て、やけに型にハマったヤンキー座りをした眞知子は、白髪に手を乗せた。



「葛畑は院長が責任持って始末するってさ」

そう告げた眞知子に、翡翠が向く。

「写真のこともねー」



眞知子は町の灯りがぼんやり見える、ベランダの窓の向こうを見ていた。



「あの市丸も、あたしを使うたぁいい性格になったもんだよねぇ。うちの息子を助けてくれた礼は言うけどさ」



ねぇ、とがしがし白髪を撫でて、早く寝なさいよ、と珍しく親らしいことを言って立ち上がる。



「あっ、お母さんこんなとこいた」

「きゃっ、見つかっちゃった」

「もー、さっさと風呂行ったと思ったら」


「逢い引きしてたの。ダーリンと」



ねー、なんて言って息子に抱きつく母親に、首締まってるから、キマってるから!と慌ててはがしに掛かる娘。



「お父さーん、息子取られたー!」

「近所迷惑だからその辺にしなさい」

「冷たいわー。あっ、祐、母さん明日九州だから。よろしこ」

「いやいや、よろしこって。古っ」

「深夜には帰るから、晩御飯いるからね。おやすみー」














「………目、覚めちゃったなぁ」



自室に2人っきりになって、そう呟いた。

マイ弟は、少し顔を上げたようだったが、こちらを見るでもなく、そのまま動きを止めた。



「冬ちゃん、眠い?」



追ってそう尋ねれば、一拍と言わず、何拍も間を置いて真っ白い頭が横に振られた。



「そっかそっか、じゃあちょっと付き合いたまえ」



のたまって、押し入れをゴソゴソしはじめた私を、ようやく冬獅郎くんが振り返った。

それにお尻を向けて、確かあったはずと薄い記憶を頼りに探しまくれば、見つけた、赤と紫のグラデーションがお馴染みのそれ。



「チャラララッチャチャー、線香花火ぃ〜」



にまっ、と得意満面に冬獅郎くんの前に翳したそれにも、反応は薄く。

あれ、まさか知らないとかないよね。………いや、あるやも。


うんまあ、まずはやってみようと、冬獅郎くんを部屋のベランダに引っ張り出して、中学の修学旅行先の宿で貰ってきてから使われることもなかったマッチを、勉強机の引き出しから持ち出す。

花火ともども、湿気っていないことを願う。


それから、いつか百均で衝動買いした小さなガラスの容器に入ったキャンドルも持って、ベランダに出た。

バケツの水がわりに、ベランダに出しっぱなしの植木鉢の、雨水の溜まった水受け皿を引き寄せる。


ものぐさ加減には、目をつぶっていただきたいところだ。



「こっち持ってね、ここに火が付くから」



花火を手渡して、二人してベランダにしゃがみこみ、いざ、キャンドルにマッチで火をつける。

が、へにゃへにゃのボール紙の持ち手のマッチに、ビビりながら擦って着火させようとしても技量も度胸も足りてない。

失敗しすぎて、強く擦れなくなる位にへにゃへにゃになったマッチの持ち手。

そんな、本来の役目を果たすことなく散ったマッチが三本目。



あれ、マッチって付けるのこんなに難しかったっけ。

理科の実験じゃ、いつも同じ斑の男子にやってもらってたから分からない。


無残なマッチが四本目になろうとしたところで、白い指が伸びてきて、行書体で旅館名が書かれたマッチが奪取された。


きょとん、として横を向けば、相も変わらず真顔の彼が、真顔のままマッチを一本、ケースからちぎり取ると、シュッと気持ちのいい音をさせて火を灯した。

キャンドルに火がついて、マッチの火は植木鉢の水受け皿に消えた。



…………もう少しで、マッチが湿気てるせいにするところだった。



「………よし、次!」



秘蔵の線香花火を装備して、構える。

キャンドルの火に花火の先をかざせば、さして間を置かずに小さな火花が、細かなレースのように踊り始めた。



「綺麗だよね。儚くて好きって言う人がよくいるけど、そんなことないと思うんだけどなー………あっ、ほらほら、ここ。火の玉」



指差した瞬間に、ポトリ、と落ちるそれ。



「……………」



よっしゃ、分かった。



「勝負やで、冬獅郎。先に火の玉、落とした方が負けだからね」

「…………」



いざ開戦相成り候。

同じタイミングで火を灯し、火花が散るのを眺める。



「火花が散らなくなってからが、本番だからね」



隣の少年は、表情変わらず赤いこよりの先を見つめている。

マグマみたいな火の玉が、ゆるり、大きくなる。



「………負けた方が、優しく寝かしつけることね」



マグマみたいな火の玉が、ゆるり、揺れた。

翡翠と視線が交じる。

ふわり、風が吹いた。火の玉が揺れる



「あぶな、」



思わず手のひらでかばった花火に、敵方の様子を伺いみれば、風の影響を受けた様子もない。
そこで、うまい具合に私が壁になっていることを知った。

翡翠と視線が交じる。

なんたることだ。許し難し。



「フーーッ」



人力風をお見舞いしてやる。すかさず、小さな手が口を塞いできた。なんたること。

人差し指と中指で、華奢な敵方の腕をくすぐるように渡り歩いたら、今度はその手を掴まれる。


そこからささやかな腕の引き合いと、人力風の攻防が展開され、



「あ゛っ、」



ポタリ、結構な大きさの火の玉が、植木鉢の水受け皿に消えた。

翡翠と視線が交じる。



「誰も一発勝負なんて言ってないもんねー!」



花火はあと四本。

三回勝負だと意気込めば、傍らの少年がポロリ、笑ったようだった。












勝負の結果は、


「よしよし、はやく寝たまえよーちくしょー」



同じ布団に潜った弟に、ごしごし白髪をなでたくれば、どこか恨みがましい視線が下から刺さる。

負けた。まさかの三連敗で負けた。最後の一戦は逆転勝ちアリというルールまで持ち込んだにも関わらず負けた。


どれだけ体を揺らしても、花火を持った右手の手首から先は全くブレないという冬獅郎くんのまさかの超バランスに、完全敗北した。



「はーい……ねんねんころりよー……」



白髪の頭頂部めがけて、額をぐりぐりしてやる。
自分の髪が乱れて顔にかかり、鬱陶しくなっただけだった。



「うー………」



唸りながらも、なんだかんだ、すでに丑三つ時。

思ったよりも眠気はやってきていたらしい。


まどろんで、ゆるり、頬ずりした。

顔の前になだれかかっていた髪の束が、やや冷えた指先に静かに払われたのを感じながら、眠りの海に、ふわり、落ちた。


















ーーーーアトガキーーーー


滑り込みセーフだって私、信じてる………!

ということで、ご無沙汰でした日番谷連載。
「来週に更新しますヽ(´ー`)ノ」なんつって、リアタイでほざいたため、なんか、ホァァアアアアッ!!ってなりながらなんか………この一週間、そわそわしながら過ごしてました。

日曜日から新しい週なのか?それとも月曜日からか!?とかなんかそんな下らないことを考えました。


まぁ………土曜深夜ということで、一つお許し下さい。


あれもこれもアトガキで書かないとと毎回思ってるのに、いざアトガキになると全部忘れる罠。


とりあえず、養子に関しての諸々の規則やらなんやらについては、管理人のあさーい知識でやっておりますので、間違いあるかと思います。が、間違ってても管理人がルールということで、フィクション万歳で推し進めますので、ご了承下さい。



ところで、学校で健康診断して、身長とか体重とか書いてあるあの………健康手帳?
あれの名前が、健康手帳じゃなかったと思うんだけど、思い出せない。

健康のしおり?みんなのカラダ?そんなやらしい名前だったか?



でもあのノート、転校しても学年変わるまでそのまま前の学校のを使われるんですよねー、っていう管理人の思い出から引用しました。

まぁ、中身大して変わらないもんね。



ひとまず、今回の騒動のからくりを文章に出来て、すっきりしました。管理人の頭の中が。

流れは決めてても、文章にしないとぼんやりしちゃって。

これ、辻褄あうのか?とか、実はすごいドキドキしてたり。


そんなわけで、ハッピーハロウィン!!


101031


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