065


「祐ーー!」

「にゃ……なにごと…っ?」



早朝も早朝。
空は白みはじめているとはいえ、窓から見下ろして、ようやく地上の様子が見えようかという薄暗い時刻に、近所迷惑など考えてもいないだろう、聞き慣れた怒声が響き渡った。



ああ、またあの噂好きのおばさんにイヤミを言われる…。



そうため息をついた頃には、怒声の正体を把握していた。


玄関の方から聞こえる地鳴りに、私は拘束して抱き枕にしていたマイ弟を手放して、うだる体で部屋の扉を開けた。


途端、かまされたヘッドロック。



「……お帰りなさい、お母様」

「ただいま、可愛い愛娘」



ちょっと話がある、とそのまま見た目に反して剛腕な、取材旅行帰りの母に連れられ、居間へと拉致された。

後ろからついてくる、全身くたびれたような父の姿を認識して、おそらく夜中じゅう車を走らされたのだろうなと、予想がついた。














そこから始まったのは、なぜか酒盛りで、それが決してめでたいからでないのは一目瞭然だったものの、はじめ私はこの両親の突然の帰宅の経緯が分からずにいた。



「あの病院!!」



怒り狂う母の第一声がこれで、私が混乱したのも状況把握が遅れた原因かもしれない。



「なぁ〜にが刑法134条1項には抵触しないよ! 134条は秘密漏示でしょ! 個人情報保護法の問題だっつの、的外れな話でのらくらかわしやがって、絶対追い詰めたるわぁ……」



コンビニで仕入れたんであろう、1.5リットルペットの焼酎を抱え込んで、既に目の据わった母から距離を取りつつ、父を見上げた。



「取材先でなんかあったの?」

「ちがうちがう、そこの総合病院のこと」

「えっ?」

「お前が冬獅郎連れてったとこの」

「…………えっ?」



意味が分からなくて、一瞬ポカンとした。


父はどこか寂しげに乾燥した笑いをこぽしているし、母は怒り心頭でペース当社比4倍速、経験上レベル7の危険速度でコンビニ焼酎を口に運んでいる。


何より、安い1.5Lペット焼酎というチョイスがすでにデッドラインである。

ムカついてる時に旨い酒を飲むのは勿体無い、味が分からないのに消耗していくのは余計イライラする、というのが母のいいぶんである。



「普通学校の個人情報利用するか? どうせちょうどいいなんて思って、嬉々として電話したに違いないのよ! あの葛畑に!」

「えっ、どういうこと?」

「あーっ、むかつくわ!!」

「え゛っ、どゆことよ!?」

「父ちゃん氷持ってきて!!」

「どういうことなんだってば!?」




夜は私を置いてけぼりにして、白々と明けていく。












太陽がすっかり姿を現した頃、私は自室の自分の布団の上で座り込んでいて、窓から満面に光が入り込んでくるのを眺めていた。


両親は、自分たちの部屋とリビングを行ったり来たりしながら、慌ただしく支度をしている。

曰わく、けじめを付けに行くのだとか。


私をそっちのけで母がわめき散らした内容は、結局よく把握出来なかった。

一つ、冬獅郎くんを連れていった病院にまず、なにやら激怒している。

二つ、詳細はさておいても、そこで何かしらの騒動があったことも承知しているようだ。

三つ、それについて大変気にくわない事象があり、これから喧嘩を売りに行く気まんまん。



一体、なにをどうやって知ったのか知らないが、マスコミの親を持つと恐ろしいものである。


ふと、もしこの両親なら、行方不明になった冬獅郎くんを難なく見つけてしまうのではないかと思えば、そういえば、昔に私がどこで遊んでいても迷子になっても、いつも母は容易く見つけ出していたことを思い出した。



そんなことを、取り留めもなく考えていたら、朝になっていた。



不意にごそごそと音がして、音源に視線を向ければ、隣の布団の中で白髪がみょん、と動いた。

続いて、翡翠の瞳が現れる。



「おはよう」



にっこり笑ったら、冬獅郎くんはやや不思議そうに私を見ていた。

寝るでもなく起き上がるでもなく、窓に向かって布団に座り込んでいる私に、違和感を覚えたのだろう。

寝乱れた白髪を撫でつけようと手を伸ばし、



「……はよぅ…」



かすれた、小さな声を聞いた。



少し低くて、
不器用で舌足らずな、



「おはよう」

「…………」

「おはよ?」

「………………お、」



はよう。



マイ弟が、まだ眠そうな目に小さな不安を覗かせながら、言葉を、返した。


私の心臓が、ドキンと大きな音を立て、全身が一気に高揚した。







「ママーーーン!!!」



玄関で、まさに今出かけんとドアノブに手をかけていた両親のもとへ、マイ弟を抱え上げて走り込む。



「殴り込みなら、思いっきり! よろしくお願いします!」

「あんたどうしたの?」

「思いっきりだからね!」



怪訝そうに眉根を寄せた母は、すぐにそれをといて、にっと口角を上げた。



「おうよ、任せときな!」



調子に乗った母上に、もはやノンストップ暴走の旅を味わうことが避けられないと悟った父上が、絶望的な顔をしていた。


ごめんね、お父さん。


でも、口を開いたマイ弟に、どうしようもない愛情と、彼を邪険に扱った人達への憤りが湧いて、強烈な鉄拳制裁を与えたくなってしまった。



私はきっと、とんでもないブラコンだ。

それも幸せだと思えてしまうことがおかしくって、くすくす笑って冬獅郎くんを抱きしめた。



「冬獅郎くん、うちのオカーサンは最強だからね」



まだ眠たげな目をした冬獅郎くんが、緩慢な仕草でその言葉を聞いて、両親が出陣していった玄関の扉を見やった。

それに倣って、玄関に目を向ける。


満面の笑顔が、留めようもなく顔の上に湧き上がってくるのが分かった。



「さて、ご飯にしましょ!」



今日の天気は、久々の快晴である。












ーーーーーーアトガキーーーーーー


たいっへんお待たせ致しました、65話になります。

ティエリア連載を書いていたはずが、やはりこちらの連載をお待ちいただいているお客様が多いので、なんだか気づけばこちらばっかり更新しちまってます管理人です。

自分で止めたくせに、やっぱり家にネット引けばよかったかなとか後悔しつつあります。

だってケータイだと、小説書くのべらぼうに遅いんですものね!!



シリアスは一応一段落はしたんですが、とりあえず仕上げの清掃業者に両親に来ていただきました。

今回の事件について、なんのこっちゃかワケワカメな感じなので、総括の意味合いで。

この回でも未だに意味不明ですけどね^^^^
次の回位でなんとか纏めたいと思ってます。

だって管理人、いい加減ほのぼのやりたいんだもん。(もん?


〜かめりさんの法律豆知識講座〜

ちなみに、本文中の刑法134条は、医師や弁護士が、正当な理由なく業務上関わった人達の秘密を漏らしたらアウトって法律です。

ただし医者はアウトでも、看護婦はアウトにならない。

理由が、刑法は類推解釈禁止というヤツ。
刑法134条の条文に、医者や弁護士、薬剤師なんかは書いてあっても、看護師はないから、法律に書かれてない=罪でないという考え方。

いわゆる刑法の自由保障機能ですが、条文に書かれていること以外は何やらかそうと自由(罰されない=罪刑法定主義)になり、条文に書かれている医師や弁護士以外は適用されないと書かれているに等しいことになります。

スリーサイズがバラされても、無罪です(´д`)

まぁ万が一、有罪でも6ヶ月以下の懲役か10万以下の罰金なんて軽さなんですけど(´_ゝ`)

そのうち看護師も条文に入る日が来るかもしれませんけどね。


しかしスリーサイズごときで勝訴出来るかは…知りません(´^ω^`)



ただし、類進解釈も自由保障機能も刑法においての話ですのでお気をつけ。

法律に明示されてなくとも、明らかに悪いと思われる内容の問題は、類推解釈アリアリで、罰されるやもしれませんからね^^^^


100805


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