063


パチンコ屋の駐車場、とは、どこのことなのか。


駅裏は路地が入り組んでいて、そこに錆っぽい印象の店が窮屈そうに並ぶ。
具体的に言えば、やかましいゲーセンに雀荘やスナックの入った小さなテナントビル、夜のお店専門の案内所なんかの並びだ。

駅表の小綺麗な買い物通りとは、雰囲気が違う。


そんな中に、ネオンの眩しい、ややコンパクトな店構えのミラクル☆パラスはあって、キッチリ道路に面していて駐車スペースなどはなかった。


……どこぞに、二号店でもあるのかしらん。



そう思いはしたが、結局そんなこともなく、路駐禁止の標識を前に、仕方なしに私だけ店の前で降りた。







ぐるり、店の周りを回ってみたが、角地でもない店には、見回れる範囲なんて無いに等しい。

あまりにも探しようがないので、駐車場なんてないのではないか、と思った頃に奇跡的に発見にいたったのだ。



確かにあった。

それがなんとパチンコ屋から3区画も離れた、車6台分のスペースしかない砂利の空き地でなければ、もっと純粋に喜べただろう。

申し訳程度に掲げられているミラクル☆パラスの小さな看板は、すでに色が褪せている。


有料設備もないのに半分しか埋まっていない駐車場は、どう見ても個人の敷地にしか見えない。


なんとも、嬉しさよりも疲労を強く感じる発見であった。












「あぁ、待ってたでー」



さっきも電話越しに聞いた関西弁。

砂利の敷地に踏み込めば、駐車場に停めてあるうち、真っ白なクーペの前で、その車より目立つ男の人が、愛想よく手を振っていた。


………このまま近づいていいものか。


そんな具合にぐずついていたら、相手の方から長い足をスマートに動かして、歩み寄ってきた。
さすがに後じさるのは踏みとどまる。



「ひやあ、可愛いらしいお姉さんやないの。話だけ聞いてたら、もっとキレイ系や思てたわー」



流れるような関西弁を操る彼は、冬獅郎くんとはまた少し違う、銀色の髪を揺らして首を傾げた。

笑んだままの口と目元は、細く線を描いている。
…なんとも読めない表情をする人だ。



「話、ですか?」

「キミのお友達にな。色々と」

「あの…冬獅郎くんと、一護くんは」



核心に踏み込めば、彼はにいっと口角を引き上げた。



「あぁ、元気やで」



えもいわれぬその表情に、背筋がきゅっと引きつった。

背中の肌が痛い。



「せやなァ、あのオレンジはともかく、あの白いのん。あれはずいぶん………」

「?、何ですか」

「んー? いや、かわいい弟やない? 食べてしまいたいくらい」

「そっ、そんなご趣味が…っ、だめだめだめです、私の弟は!」



とんだ変態さんだった!

必死に両手を大きく振ったら、お兄さんは「おもろいなぁ」と愉快げに笑った。

否定の言葉がもらえないので、文字通り真っ青になって、もしや、すでに美味しくいただかれてしまった後なんてことは………とぐるぐるしていたら、



「残念やけど、ボクはお姉さんみたいな可愛ええて柔らかーい女の子のが好きやなぁ」



さわり心地ええやんか? なんて、ほっぺたをふにふに摘まれて、ほっとため息をついた。



「それで、冬獅郎くんは?」

「うん? おるよ。はいな」



片手で私のほっぺたを摘んだまま、もう片手でお兄さんはキーレスエントリーのボタンを、ピッとひと押し。

すると、パカリと開いたクーペの後部座席のドア。



「……………」

「……………」

「……………あら?」

「え…?」

「あらー…」

「えっ!?」



やっちゃったー、とでも言い出しそうな、曖昧な顔でへらりと笑った白い人に、この丸一日ですっかりお馴染みになってしまった血の気の引くその感覚が降臨した。



「と、冬獅郎くん!?」



大慌てで半開きのクーペの後部座席に突進したら、

白のスエード革と明るいベージュのオークの内装の中、座席の下で、あの中途半端な三角座りをしている白い小動物の姿を発見して、お腹の辺りから力が抜けた。



「……冬ちゃん」



口が勝手に彼の名を呼んだ。

白い頭が少し浮いて、翡翠が現れた。






本当は、一番怖かったのは、再び会った時、またこの子が人形みたいなガラスの眼に戻ってるんじゃないかということだった。

葛畑さんに言われたみたいに、結局4ヶ月、おままごとみたいに姉弟面して、冬獅郎くんの傷を抉っていたりとか。

人形の殻にいつでも逃げ込めるよう、彼自身に酷な人間関係を強いていたんではないかとか。



人間に戻れなくなったら、どうしよう。

そんな心配ばかりが、頭をよぎった。



でも、見えた翡翠に翳りはなく、不自然に空虚な透明さもなく、小さな不安と我慢の、確かな感情の色が見えたから、

安心してしまって、涙がボロボロこぼれた。


よく見なくったって分かる、高級な車内に、口端をぎゅっと引き結んで大股で乗り込んだ。

助手席と後部座席の間に挟まるように鎮座していたマイ弟を無言のまま抱え上げ、ずるずると後退して車から降りる。



抱き上げた身体はまた軽くなったようだったけども、馴染んだように腕の中に納まった。



私の弟、やっと帰ってきた。



「…………ほんとに、よかった」



こぼれた呟きに、腕の中の子犬が小さくびくついた。

間近に、きゅっと寄った眉根と翡翠の瞳がこちらを向いて、躊躇ったように揺れてから華奢な手のひらが私の頬を不器用に擦った。

幾分、流出のおさまってきた涙が、また溢れる。



「せんせ………先生」



いつの間にか、傍に来ていた院長先生に、情けないと自覚のある顔を向けて、懇願した。



「うちの親には放浪癖があって、私はまだ子供で、全然行き届かなくて、考えも浅くて、ろくな環境じゃないかもしれませんけど、……冬獅郎くんは大事な弟で、一緒に暮らしたいんです」

「ええ…?」

「だから……だから一緒にいさせて下さい」



お願いします、と頭を下げたら、院長先生は面食らった顔で、目をぱちくりさせた。



「あら? 冬獅郎くんはもうとっくに、内田さん家の子じゃないの」

「いえあの………葛畑さんが、このままじゃ済まないって………」

「葛畑先生?」

「あぁーっと、忘れてたなァ」



突如、声を上げて割り込んで来た銀の人。

ぴらりと数枚のコピー用紙を取り出すと、院長先生に差し出した。


不思議そうにそれを受け取った院長先生だったが、目を通してすぐに、驚くほど厳しい顔になって、コピー用紙を折りたたんだ。



「おたくのそのカヅラハタせんせ、よろしく言うといてくれはります?」



にんまり笑った銀の人の細い目から、一瞬、血のような赤が見えた気がした。













それから、院長先生は固い表情のままで早々に引き返し、銀の人が送って下さるという申し出は丁重にお断りして、家路についた。

もちろん、白の子犬はちゃんと、左手に捕まえてある。



「あぁ、そういえば名前聞くの忘れたなぁ…銀の人」



まだ明るいのにともり始めた街灯を見上げて呟いた。

名前も聞いてない。住所も経緯も聞いてない。
ないない尽くしで、お礼も出来やしない。

この子が無事に戻ってきたので、いっぱいいっばいだった。院長先生にもまた、ちゃんとお礼とお詫びを言いにいかなければ。それに、一護くん。


………そういえば一護くんは、どこに行ったのだろうか。




ふと立ち止まったが、いまさら辺りを見回したって、いるはずもなく。

見慣れたマンションのエントランスへと、ゆっくり入っていった。








「ただーいま」



本当にただいま。

今朝もこの家にいたはずなのに、妙に懐かしく感じるのはなぜだろうか。


未だ繋いだままの小さな手を引いて上がろうとしたら、ぴん、とつっかかった。


振り返ったら、ずっと俯いたままの冬獅郎くんが靴も脱がずに立ちすくんでいた。



「冬ちゃん?」



呼びかけても返事がないのは毎度様。


膝を曲げて視線を下げて、目線を合わせようとしたら、華奢な二本の腕が伸びてきて、私の肩と頭を引き込んだ。



頭一つ分小さいマイ弟は、頭一つ分大きい私を、まるで何かから守るように抱きしめていた。

もし身長差が逆転していたら、それはもうしっくり収まっただろう体勢は、それでも妙な包容力と力強さで私を包み込んでいた。


頭上にある冬獅郎くんの、私とはこれまた正反対の白髪が、私のそれと混じり合った。


口を利かない冬獅郎くんが、精一杯ごめんと言っているのが耳元の細い吐息で分かった。



「おかえり、冬獅郎くん」



晩御飯は揚げ豆腐にしよう。そろそろ豆腐にも、慣れてもらわなければ。
味噌汁はワカメとネギで、豆腐は勘弁してあげよう。
メインは冷凍しておいたコロッケで、サラダはちゃんとマカロニもいれるから。

和風と洋風、めちゃくちゃだけど構わないよね。だって買い物、行ってないし。





ちらりと見えた、真っ赤な耳と、押し殺した嗚咽を知らないように、のんびり私はそう告げた。














ーーーーーーアトガキーーーーーー



難産…ッ!自分で蒔いたシリアスだけど刈り取るの大変極まりない!今度から風呂敷広げるの自重しよう!でも冬ちゃん帰国子女っちゅーか強制送還?設定だよ何てことした私!


そんな訳でー、決して忙しかったとか書く暇なかったとかじゃなく、単純に時間かかりました63話。

こんだけ書き直した回も珍しいかもしれない。基本、一発無修正の書きなぐりでアップしてる管理人です。

とりあえずうちのアイドルは無事にヒロインんとこに返却されたので、フラグはぼちぼち回収しときます。

べ、べつにさっさとほのぼのに戻りたいとか、おっ思ってるわけじゃなiry



最近お菓子のやけ食いが止まりません。なんだか常に口寂しい……

あっ、そうだチョコレート冷蔵庫で冷やしてあったんだ調達してこよう!(…



100623


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