060


少しの間、おかしな空気が流れていた。
今まで経験したことのないそれは、私の知る言葉で無理に表すとすれば、“白々しい”。


置く必要のない距離を空けて、誰もまんじりともせず、大変な何かが起きると知って待っているかのような感覚。

隣の少年に感化されたか、私の項もぞわりと浮き立った。


そんな空間を打ち壊したのは、いつもの朗らかな顔の面影もなくした、他でもない大塚先生だった。



「あぁ、すみません…!」



平常心の欠片も無くし、青ざめるというより土気色の顔色をした大塚先生は、体育館の方から飛んできたかと思うと、その場にいる全員の顔を意味もなく次々に視線を移しながら、そう口走った。



「冬獅郎くん、どうしました!?」

「え…?」



そう尋ねられた瞬間、どのことかと頭がフル回転した。
養子のことか、口を利いたことか、病院のことか―――。
少し考えればそんな話が出るのはおかしいと気づくのだが、そこまで考える前に大塚先生が言葉を重ねた。



「どっち、どっち行きました?」

「脱走、ですか」



至極落ち着いた声で話を進展させたのは、葛畑さんだった。

あまりに彼が落ち着いていたからか、それとも発言が的を射ていたから、大塚先生は初対面のはずの葛畑さんが口を挟むのを訝しむことなく、是と云った。














辺りの暗闇は増殖するように迫り、確実に街を飲み込んでいった。

けれども冬獅郎くんは見つからない。

空手の試合の後、相手校の生徒が話しかけてきたのを突き飛ばし、体育館を飛び出した。

大塚先生が情けない声音で話した短い説明は、途中まで同じ道を探していた一護くんが苦々しく補正してくれた。



「相手の生徒ったって、気にすることないっスよ、ちょっと目立つ男子がいたらとにかく絡む、ただの不良なんだから」



自分も以前に面倒な目に遭ったというのは、一護くん談である。

でも、ただ絡まれたから突き飛ばして逃げたのだろうか。


答えは出ないまま、私はアテもなく街中をさ迷った。














冬獅郎くんが行きそうな場所は、と聞かれて私は何も言えなかった。

一護くんと大塚先生を前に、文字通り絶句した私に、葛畑さんだけは私が答えられないことを知っていたように、ジェッタに寄りかかったままタバコの灰を携帯灰皿に落としていた。



「ご両親は、今日は?」

「、東北の方に取材で…不在です」

「そう、じゃあとりあえず、内田さんはもう一度、お家に冬獅郎くんが帰ってないか確認してもらって、そのまま待っててもらった方がいいかな…もう夜も遅いし」



見上げずとも、既に街灯と住宅から漏れる明かりだけが頼りの時刻だった。

ここまで付き合わせることになってしまった一護くんともども、補導されかねない。


いっそ冬獅郎くんが補導されて連絡が入ればいいのに、と思った時、それまで口を挟まなかった葛畑さんの口から警察の単語が飛び出た。



「届けた方がいいと思いますけどね、警察に。あいつは何をするか分からない」

「どういう意味だおっさん」


不機嫌を隠すこともせず、不躾にそう返した一護くんに、葛畑さんは検分するように視線をやった。


「前科がある。ケンカ相手を病院送りに少年院送り、暴行沙汰なら日番谷の十八番だ。今は空手をやってるといったか? 改心した様子は無さそうだ」

脱走の末の行方不明もどきなんて、珍しくもない。

「余所様に迷惑かける前に、さっさと捕まえるべきだ、保護者さん」



痛烈なイヤミは、正しいだけに抵抗する余地なく突き刺さる。

大塚先生は私たちの険をはらんだやり取りに気づかず、警察か、と頭に手をやっていた。


そうして僅かの静寂があった、と思う間もなく、思い出したように葛畑さんが口を再び開いた。


「それか、そうだな。まぁ1日待っても構わない。そういえば朝になって帰ってきたということもあった」


振り返った葛畑さんは財布を尻ポケットから出すと、名刺を一枚抜き出して私に向けた。

見ればそれは孤児院院長の名刺で、葛畑さんのいる、そして冬獅郎くんがいた施設の電話番号が住所の下に並んでいた。



「明日の朝になっても変化がないようなら、そこに電話しなさい。なんとかする術がある」

「今はどうにも出来ないのかよ」



食ってかかった一護くんを横目で見やり、葛畑さんは大塚先生に向き直った。



「今日はここまでにした方がいいでしょう。仮にも未成年をこんな時間までうろつかせる訳にもいかない」

「しかし……冬獅郎をこのままというのはですね……」

「日番谷のことなら、この中で一番分かっています。下手に探し回って、見つけたとしても逆効果になるかもしれませんよ」



始終おろおろとしていた大塚先生だったが、なぜかその発言にややムッとしたような顔になった。

しかし結局、その場は葛畑さんに仕切られるままお開きになった。

葛畑さんは私と一護くんを送ると言ったが、一護くんは断固拒否の姿勢で走り去ったし、私も遠慮して家へと歩いて帰った。













家の中は暗く、傘立てには私のオレンジの傘だけが立てられた。

カタン、という音が、この上もなく嫌なものに聞こえた。



静まり返った家は、誰もいないという淋しさより、誰も帰らないという寂しさに満ちているようだった。


夏休みまではそれが当たり前だったというのに、今ではその頃の感覚を思い出すことも出来ない。

今頃、私の弟はどこにいるのだろうか――。



どう扱ったらいいのかも分からない不安を抱えたまま、玄関から上がるために足を持ち上げることも出来ず、ただ立ちすくんでいた。












ーーーーーーーーアトガキーーーーーーーーー



う゛ぉぉおおおい!シロがまたいねぇぞ!!
まぁ、実際行方不明になってますしね。
ストーリーに関しては次話に丸投げするとして、俄然シリアスを乗り切る気力が湧いた管理人は、今日教習所の卒検を終えまして、もう明後日は本検です。勉強全くしてません。どうするつもりでしょうか。(…


とりあえず気合いがある内に連載書き殴りたいと思いますので、ひとまずこれで。ヽ(´ー`)ノシュタッ



100420


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