059
外ではしとしとと、雨が降り続いていた。
冬の寒さに拍車がかかり、この数日で一気に季節が移り変わった気がする。
あと半月もすれば冬休みだ。
両親は相変わらずバタバタして、顔を見る暇もない。
土曜日の、病院のことも話していない。
もっとも、ゆっくり話す時間があったとして、相談出来たかどうかは別の話だ。
それでも一人で片付けられる問題でもなければ、実際の保護者は私ではない両親だ。というのは、葛畑さんに言われたばかり。
次に葛畑さんと会うまでに、話をしておかなければ。
そもそも、冬獅郎くんを引き取ることになった経緯を知らない。
ぼんやり窓の向こうの雨滴を眺めながら思う。
突飛なことをする親なのは元からだ。だから驚きこそすれ、すぐに受け入れられた。
でも、数多いるだろう孤児たちの中から、なぜ冬獅郎くんを自分たちの子にしようと思ったのか、私は孤児院の院長さんと両親が知り合いだというのさえ、葛畑さんから聞くまで知らなかった。
葛畑さんの言うとおり、軽く考えすぎていた証じゃないか……
日が短くなって、既に外は暗い。
空手少年団で、冬獅郎くんはまだ帰ってきていない。
今まではあまり気にしていなかったけれど、雨も手伝って一段と暗い窓の外に、落ち着かなくて迎えに行くことにした。
ここずっと雨だったから、冬獅郎くんも傘は持って出ている。
自分用のオレンジの傘だけを持って外に出た。
家の中では真っ暗にも見えた外は、実際出てみると案外に明るく、街灯がない道でもまだ十分に見通せた。
通学路と反対側の空を見れば、夕焼けの色も残っている。
いつも明るい気持ちにさせてくれるオレンジの傘は、今日にかぎって白々しい色にすら見えた。
………よくわからないが、ずいぶん自分は落ち込んでいるらしい。
そんな気分とは裏腹に、雨足の方はだんだんと弱まって、小学校に着く頃には降り止んでいた。
西門の前で傘をたたみながら校舎を見上げたら、まだちらほらと灯りがある。校舎で活動するのは手芸部や新聞部か。
「あれ、お姉さん? 祐お姉さんじゃないスか?」
「あ、君は……」
呼びかけられた声に振り返って、意外な人物を目にした。
傘と同じ位。抜けるように綺麗なオレンジ色の髪。
細身の少年は、忘れもしない―……
「えっと、苺、くん」
「一・護、っスお姉さん、イントネーション気をつけて下さい」
「ああっと、申し訳ない…」
すかさず飛んできた訂正は、あんがい本人も気にしているらしい。
多分小学生なんだろう彼は、年に似合わない鋭い目をしていたが、真剣に突っ込んでくる様子はどこか可愛らしい。
「あれ、ここの学校通ってるの?」
「違うんスけど、今日は空手の対抗試合しに」
「空手の試合…!?」
空手の試合があるなんて、聞いてない。とはいえ冬獅郎くんが私に口を利いたのは、昨日の「あいつに近寄るな」っきりなわけだが。ちくしょう、プリントとかで回ってこないのか。おうちの人は観覧禁止か。
「君がここにいるということは、もう試合は終わったの?」
「あー多分…。俺は助っ人で来て、喧嘩流で失格負けしたし、抜けてきたんス」
「あらホント」
「ところで」
眉間にシワを寄せたまま、およそ小学生らしくない大人っぽい雰囲気を持った少年は、校舎を振り返るようにして、一つ呟いた。
「あの大塚ってセンセー……なんか嫌な先生っスね
「え? 大塚先生?」
どうして?、とポカンと続けた私に、しばらく一護くんはムスッとしたような顔で口を噤んで地面を睨んでいたが、やがてその鮮やかなオレンジの頭を軽くかくと、パタリとその腕を下ろし、
「いや、やっぱりなんでもー、」
と言いかけて、やめた。
一護くんの視線が私の真横を通り過ぎていくのを、何とはなしに目で追った。
振り返った先にあったのは、シルバーのセダン。
フォルクスワーゲンのジェッタだった。
少し離れた場所に止まった車から降りたのは、葛畑さんだった。
無表情で私を見たまま、車のキーをポケットにしまう。それから目線はすっと、灯りのついた校舎の方に移った。
その仕草を見て、いやに胸騒ぎがする。
なんともいえない不安が、黒い渦を巻いて胸に広がった。
ーーーーーーーアトガキーーーーーーー
苺…一護くんの喋り方が相変わらず分かりますん。
そしてこんな早く再登場するとは思わなかったよ一護さん。この59話書き始めた時には考えもしてなかったよ。
お姉さんもびっくりだ。
だがしかし無計画とは言わせない。全ては二年前に連載を始めた時の計画通り……!多分大体なんとなく雰囲気はそのはず(ぇ?
というかシロ出てきてないよ…!
なんたることだ、恐るべしシリアス(…
100225
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