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ほとんどの子供が、友達と遊びに行ったり、または施設児童たちが寄り集まって遊びに出たり、またごくわずかな者は親元に泊まりに行っていたり。

そんな具合で、週末の養護施設には、 児童の姿はまばらだった。



院長は用事があって、今朝から児童相談所に赴いている。

事務所で匂いのきついタバコをふかしていた葛畑は、正月に施設に残る生徒と親元に一時帰宅する生徒とを、電話で確認する作業に追われていた。


ある母親は、それはそれは愛情の籠もった声で、一緒に過ごしたいと言う。

またある母親は、もう掛けてくるなと罵声をあびせる。


今のところ家に返せそうな児童はいなかった。
子供への愛情を見せた母親だって、実際子供を家に返せばまた、心中騒ぎを起こすのは目に見えている。

その理由が“愛しているから”では手の付けようがない。



一方的に通話の切れた受話器を放り出して、それでも淡々と葛畑は仕事をこなしていた。


さすがは、問題児の掃き溜めだ。
この施設には、あの院長の気性のおかげで、稀にみる劣悪な家庭問題を抱える児童ばかりが寄せ集まってくる。


葛畑に言わせてみれば、児童養護施設の中でも、体のいい厄介払い先になっているだけだが、骨身をとしてそんな子供の面倒を見る院長はまさに、葛畑からすれば“体がいい”。





事務所の電話が鳴った時、葛畑はまた先ほどの母親が子供を返せとヒステリックを起こしてかけ直してきたのかと思った。

冷めかけたコーヒーを喉にゆっくり流し込み、断続的に鳴り響く電話を横目で見下ろした。


葛畑は、相手のペースに流されるということが、まったく受け付けない性分だ。

通常の人間関係においてさえ、優劣をひどく気にする彼の性格から来るもので、そこらの人間には負けないと自負する知略において、いかに自分が主導権を握るかというのは、ペースを自分に合わせるという点で決まると確信するからだ。



鳴り続ける電話に、誰もいないのかと事務所に入ってきた増見が、葛畑を見つけて怯えたように足をびくつかせて止めた。

増見にとっては葛畑は苦手の最たる人物であり、葛畑にしてみれば、容易に手のひらで転がせる相手ながら、いつもどこかビクビクしている増見は、見ているだけで煩わしかった。



電話と葛畑にちらちらと視線を走らせる増見に、ようやく受話器をとった葛畑は、女の金切り声が聞こえてくるかと構え、受話器を耳に当てなかったのだが、予想に反し、男の声で、電話の決まり文句が響いた。
















『もしもし、こちら松上市立総合病院ですけれども、お忙しいところどうも』

「はい」



松上市?

葛畑の頭に、瞬時色々な情報が走った。
しかし松上市に、それも病院に関わるような縁は思い浮かばず、だれか事故でも起こして運ばれたか、と思う。
だが何か電話の向こうのスタッフの口調に微かに浮き立つような、引っかかるものを感じて、葛畑はますます事態が読めずに警戒した。



『えーっと、日番谷 冬獅郎くんのことなんですが、そちらでよろしかったでしょうか』


余談であるが、葛畑はこの“よろしかった”という言い方が嫌いだ。

しかしそれすら聞き流すほど、別の言葉に思考が引き寄せられた。



「はい、承ります。彼が、何か」

『今こちらで、予防接種を受けるのに、非常に暴れましてですね、困ってるんですよ。きちんとした保護者の方とお話したいと、お電話差し上げたんですが』

「きちんとした保護者といいますと…」

『まだ未成年のお嬢さんでは、話もなにもあったもんじゃないんでですね、困るんですよこっちも、加害者が小学生といえね。ましてや親と連絡も取らせてもらえない』

「分かりました、そちらにお伺いします」




電話を切った時、葛畑は思わず口角を上げた。

あいつは、凝りもせずにまたやったらしい。


予防接種だなんて、あの少年に受けさせられる訳がない。注射針なんてものは、彼にとっちゃ怒りと心の闇を掻き出す存在に他ならない。



椅子に引っかけた上着をつかみ、財布とケータイと車のキーを取り上げて、完全に冷めたコーヒーを飲み干した。



「緊急で、少し出てきます」



ぞんざいにそう言って事務所を後にした葛畑を、増見は返す言葉もなく、小さくなって見送った。
















ーーーーーーーーーアトガキーーーーーーーーー


葛畑さんside。

シロより先に、ヒロイン以外の視点を書くことになるとは思いませんで、いいのかと思いつつ、やっぱりこの葛畑という男、ちょっと話にでていただきたかった。


しかしですね、書けば書くほど職場のとある男性職員のイメージとかぶってしまって……(笑)

その人はもっと人当たり柔らかいんですが、なんか……雰囲気が………


ここまで来たら突っ切りますが(;∀;



シリアスはもう、勢いで乗り切るしかないと、出勤前に朝から一本!
書いて、仕事中に手直ししてアップする不心得者は私です。


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