056
事態についていけない私をよそに、葛畑さんは驚く程の手際のよさで病院側と話を付け、私たちを病院の外へと釈放してくれた。
その話術たるや、自分がいかに木偶の坊であったかを思い知った。
アメと鞭と言うのか、脅しと同情をない交ぜにしつつも、神業にも近い臨機応変な返答で主導権を握り、わずかにも負い目のあるような態度を見せることなく、大した事件なんて起きなかったかのような錯覚を全員に与えて、その場を収拾した。
庇われる側にいたからこそ思ったことだが、葛畑さんが決着まで持ち込むのに、言葉を一つ発するごとに相手の心を操る様は、まるではじめから完璧に仕組まれた勝ち将棋のようだった。
会話が進む程に、面白いように相手の心が都合よく転がされていく。
それは申し訳なさすら覚えるほどで、もし私が相手の立場であったら、間違いなく言いくるめられたんだろうと思うと、とてつもなく怖かった。
「乗りなさい」
無機質な声に顔を上げれば、葛畑さんはシルバーのセダンの扉を開いている。
ぱっと見、いかにも“先生”が乗る車らしいそれは、近づいてみればフォルクスワーゲンのジェッタだった。
「あの、先程はありがとうございました」
「話は車に乗ってから聞きましょう」
「いえ、…あの歩いて帰れます、そんなに遠くないですし」
冬獅郎くんが怖い位無表情ですし。とはさすがに言えたものではない。
しかし葛畑さんは淡々と言葉を紡いだ。
「仮にも今は、僕が保護者です。病院からあの人らも見てるだろうし」
そう事務的に告げる早口な声に、ちらりと建物に視線を走らせる。
それを聞いてしまえば、反論の余地もなくて、開いてもらった後部座席におずおずと体を滑り込ませた。
つないだ冬獅郎くんの手をひけば、彼もされるがままにシートの上におさまった。
逆らう様子もないが、自主性は欠片もない。
我が家の四駆の、いかにもナイロンチックなそれとは違う、座り心地も全く新感覚なシートは、もしかして、本物の皮だったりするのだろうか。
ツヤツヤした木材の板張りがある内装に、聞き慣れないエンジン音。
安くはないだろう車は、快適な乗り心地を追求されてるだろうに、なんとも落ち着かない。
「ご両親は?」
「取材旅行で…今は家にはいません」
「いつ戻られるの?」
「…2日後には多分。天気で変わるかもしれませんけど」
まるで面接でも受けている気分だ。浅く腰掛けて、車に乗っている気がしない。
隣のマイ弟は、普通に座ってこそいるものの、多分意識はここにない。
顔を上げたらバックミラー越しに、まともに葛畑さんと視線がかち合って、背筋が妙な具合に正された。
「ご両親、よく家を空けるの?」
「………仕事の状況によります」
病院でのスタッフとのやり取りも気が滅入ったが、もしかしたらまだあっちの方がマシだった気さえしてきた。
あれがただの非難なら、こっちは事情聴取だ。答え方を間違ったら大変なことになるような、そんな気がする。
混んだ大通りから横道に入り、スピードが上がった車は驚く位の短時間でスムーズに速度を上げて、一瞬体の中が変になった。
しかし、嫌な予感とはうらはらに、葛畑さんからの質問はそれで終わった。
自宅のマンションの前まで必要最低限の会話だけが交わされ、元々大した距離もないところを自由自在な変速のおかげで、多分ものすごく短い時間で着いた。
ただし私の感覚では、一時間弱位のドライブを味わった気分だ。
冬獅郎くんを先に下ろして、お礼を言って開かれたままのドアから出ようと、シートの上を移動した。
「分からないな」
不意に運転席から発せられた声に、聞き返そうとした、えっ、という音は、吐息だけが口から出ていった。
「君の家庭は、孤児を引き取るのに条件を満たしているとはとても思えない」
「…………」
「うちの施設長と、ご両親が知り合いだとか。もし施設長が私情を加えて引き取り先に決めたなら、非常に問題だ」
「ちょ、と待って下さい…」
「分かりませんか」
振り返った葛畑さんは、一切表情に柔らかさがなかった。まるで、私に現実の厳しさと社会というものを容赦なく突きつけているよう。
けれども、葛畑さんが言おうとしていることは、多分間違っていることなんて一つもない。
大人の都合というやつであったとしても、冬獅郎くんの面倒を見ているなら私は、逃げることなく向き合わなければならない問題だと、葛畑さんの目が言っていた。僅かにも逸らされない。
「孤児に必要な、保護すべき法的養親がろくに目の届かない生活環境。孤児を普通の子供と同じか、それ以下の扱いで平気で生活しているその根性、人として神経を疑う」
孤児は、それぞれやぶさかない理由があって、孤児になった。
葛畑さんの言葉は、息も出来ない位に容赦がなかった。
「このままでは、済まないよ」
車から降りて、セダンが走り去るのを見送った後も、頭の中がぐるぐるしていた。
私は確かに、考えが甘いのかも知れない。
冬獅郎くんの過去も、彼の抱えた傷も、知りはしない。
マンションの前に立つ、華奢な冬獅郎くんの背中を見つめながら、途方に暮れた。
この背中を、守れていなかったのか。
病院で見た冬獅郎くんの空虚な瞳が、瞼の裏を掠めていった。
ーーーーーーーアトガキーーーーーーーーーーー
早くほのぼのに戻りたいです(おい
でもこっからシリアス山場だよコレ。番外編に逃亡しようかな。でもそうするとなんだか戻ってこれない気がする(*´д`*)
腹をくくって乗り越えよう。
まあでも、どう考えたってヒロイン宅の家庭事情は孤児を引き取るに相応しくないことこの上ないですよね。あれってものすごく審査厳しいんですよね。
まあでも……夢小説ですから。ヒロイン大逆転目指しますが。
さて、話は変わりますが、最近この養子連載のパクり小説があると報告をいただきます。
サイトを教えていただいたのですが、管理人はそのお話をまともに拝見していません。
読みかけたんですが、シロが喋らないやら一緒に暮らすやらの設定を見て、うっかり管理人がその話に影響されてしまったら、不肖、物書きとして嫌だからです。悪い方に影響されやすいもので(笑)
それに、全く同じでないかぎり、設定がどれだけ似ていたとしても、それが本当にパクりなのか、ただの偶然なのかの判断は管理人には出来ないからです。うちの小説パクる程のモンだなんて思ってもおりませんでしたので。
そのサイト様も、設定が似ていて話は別物であり、その作品を愛されているお客様もたくさんいらっしゃるようです。
教えて下さった方々、お気遣いいただきありがとうございました。
管理人にはどうしようも出来ませんので、決定的なことでもなければ、自サイトで細々、今まで通り連載書いているだけです。
それではまた^^^^
100116
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