055





「冬獅郎くん…!」



はじめ、彼がいた部屋は私がいた部屋と、大差ないように見えた。

しかし窓の鉄柵、天井の端に黒い半球の、おそらく監視カメラを見て、背筋がぞっとした。


見つけた白髪の後ろ姿に、駆け寄ってソファの背ごしに抱きしめる。


家に帰ろう、そう言おうと思った。





瞬間、右手の内側に、電流が走るような感覚。
正常に働いたのは痛覚だけで、体の動きが停止した。

一瞬の後には、目の前から冬獅郎くんが消えていて。


視界を横切った影を追って、ようやく部屋の片隅に移動していた冬獅郎くんが、私を拒絶して逃げたことを理解した。

右手の内には、刻まれたばかりの爪痕、赤い滲み。



「冬ちゃ…………」



彼の瞳は、はじめて出会った時でさえ、こんなに闇色をしていなかった。


暗い、よりも黒い。


ひどく絶望したような、それでも憎まずにはいられないというように周りを睨み据える眼と、どこか泣き出しそうな顔をしていた。



「………手の付けようないね」

「自閉症か?」

「精神科の先生に来てもらいますか?」

「また暴れるぞ」

「あ、精神患者用の拘束具持ってきます」

「警察に渡しちゃってよ、ややこしい」

「も、う…っ、やめてください……!」



あしざまな病院のスタッフの言葉に、聞きたくないと、声を荒げた。



「ちょっと待って下さい、時間を下さい…!」



奮えで滑舌の悪くなる口でまくし立てた。

必死に告げた私に、向けられた大人の視線は冷ややかだった。
たった今引っ掻かれて拒絶されたばかりの、姉だ。

そんなことは分かっている。



「お姉さん、その子パニック障害か何かじゃないの。家族の同意があれば、診断書に添って安定剤でも打って落ち着けるんだから、保護者呼びなさい」

「親、は、今近くにいません…連絡も難しいです。親がいても、安定剤なんて絶対同意しません………」



みるみる釣り上がった看護婦の眉を直視出来ない。



「少しでいいですから…、二人にして下さい……」



搾り出すように、どうにかそう口にした。














うなだれるようにして頼めば、もう勝手にしろとばかりにスタッフは部屋を出て、当て付けのように扉に鍵をかけられた。


別にそんなことをされても痛くも痒くもないが、冬獅郎くんを振り返れば、彼は憔悴したように半ば放心状態だった。


遠い床を見つめたまま、ほとんど瞬きもなく動かない。



「…………冬ちゃん」



反応はない。


そっと近くまで歩み寄り、ゆっくり前に膝をつく。
はじめて見るような目で、冬獅郎くんが私を見た。


無言のまま、私が差し出した手も、ぼんやりと見下ろすばかりだった。





正直、どうしたらいいのかも分からない。

ただ、味方になりたかった。いっそ精神病でもなんでもいい、でも彼は私のかわいい弟で、私にとってはそれ以外の何者でもない。



「冬ちゃん」



伸ばした手を、静かに彼の白い頬に添えて、撫でた。

じっと受け入れる彼の髪も地肌を撫でるように梳いて、慰撫する。

これほど何かを慈しんだことはないというほどに、小さな頭を包むように撫でて、





じきに、いつもと大差ないマイ弟の顔に戻ったのを見て、泣きそうになりながら抱きしめた。



ぎゅうと、ただひたすらに抱き込んで、大袈裟な位に喜んだ。

腕の中の冬獅郎くんが、身じろいだけれど離すつもりもなく、わずかにも力を緩めずにいれば、やがてそっと、細い片腕が伸びて、



小さく私の服を握った。



一緒に寝る時に彼が唯一見せる、甘えの仕草。


そんな位しか甘えてくれない、私の弟だ。











いつまでそうやっていたのか、若干疲れたような、沈んだような風の冬獅郎くんに、後はどうにか話をして帰してもらおうと立ち上がった時、タイミングよく部屋の扉が開いた。


あまりのその間合いのよさに、監視カメラで文字通り監視でもしていたのかと思ったが、違ったらしい。


落ち着いた冬獅郎くんに気付いて、思わずといったように足を止め、注視した看護師は、若干の間を置いて部屋に入った。
二人のスタッフも部屋に入って、最後に見覚えのない、ジャージにカットソー姿の男性が現れる。



刹那、隣の冬獅郎くんの顔から、表情が抜け落ちた。

慌てて、状況も分からないままにぎゅっと彼の手を握る。



「こちらの方、分かりますよね?」



そうスタッフに言われたのは、思いがけないことに私だった。

特段、人の顔を覚えるのに苦手意識はないから、ジャージの男性とは面識はないはずなのだが、首を振って見せればスタッフは「はぁ!?」とでも言いたげな顔になった。



「保護者に連絡が取れないから、呼びました」



なんで、初対面の男性が保護者代わりになる?
訳が分からず眉間にシワを刻んで男性を見たら、多少肉付きのいい、中肉中背のその人は想像以上に落ち着き払った声でスタッフに弁解した。



「僕とお姉さんに、面識はありません」



納得する半面、ますます分からなくなった私に、顔を向け直して男性は、淡白な声音で名乗った。



「鳥海市の児童養護施設に勤務してます、葛畑です」



鳥海市………少し離れた街だが、訪れたのは小学校の社会見学の時だけだった。

でも児童養護施設、とは、もしかしなくても、


すい、と葛畑さんの目が私から少し下の冬獅郎くんに移った。



「久しぶりだな、冬獅郎」



静かな声が、細い針を背に通すような冷気を走らせた。

















。.。.。.。.。.。.。.


はーい続きますよーシリアス。
既に力尽き気味なのは秘密。

こっからだよ私、頑張れよ……!
でもこの話、全然クライマックスじゃないです。
だって、十年日記帳だし……(笑)
願わくばシロが二十歳まで書きたいものです。無謀か。


そんな管理人はただ今、日番谷ブーム真っ只中だったりします^q^
ケータイで打つのに、日番谷が一発で出て来るもんね。



ケータイでシリアス書くのに、文章増えすぎてガッチガチになって、どうやって書けばいいのか分からなかったです。
文章減らしたら話軽くなるしなぁ、と唸りつつ打ってたら、いつの間にやら葛畑先生ご登場。

あれ、ご存知ないよ?という方、もしくは………誰だっけ?という方は、キリリク置場の連載番外編をどうぞ^^



管理人、個人的に読者側だとオリキャラ出張るのは大概好きじゃない派です。

なのに気付いたら自分の連載、オリキャラ祭ってこれ何事/(^O^)\

オリキャラ多い連載、嫌いな方も少なくないと思うんですが、分かってるんですがこんな事態。

…………どうしましょ。(知らん


いくら現パロだからってやり過ぎですか。ウザかったら言って下さい、自重………する努力をします。(え?




そういえば今更な話、トップページの画像は家の近所だったりします。
うちの誰かさんが撮ったデジカメ画像を切り抜いた^^

連載と全然関係ないですね。


091021


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