053
『もうインフルエンザの予防接種はされましたか?』
そう、大塚先生から電話がかかってきたのが一昨日のことだった。
何かとよく冬獅郎くんのことを気にかけてくれる大塚先生は、最近になって特に細々したことでも電話や連絡帳で声をかけてくれる。
愛想もへったくれもないマイ弟をそんなによくしてくれるのは、教師という職種ゆえなのかと、どうにも日々冬獅郎くんの大塚先生への態度が反比例して頑なになっていくのとちぐはぐで私は首を傾げる。
まぁ冬獅郎くんはべたべたされるのが好きではないようだし、この年頃だと先生の好意も煩わしく感じる年頃なのかもしれない。
それとも、おませさんなのだろうかと、長椅子で隣に座る冬獅郎を横目で見て小さく笑った。
ら、ふっと冬獅郎くんが顔を眉根を寄せて、こちらを伺うように見上げた。
相変わらず敏感すぎるぞ、弟よ…………
「内田さん、どうぞー」
呼ばれた看護婦さんの声に、冬ちゃんの手をひいて立ち上がった。
診察室の前の長椅子で、また少しお待ち下さいと告げられる。
病院独特の消毒の匂いが鼻につく。周りには車椅子の患者さんや、包帯を巻いた人、発疹が出ている人、いかにも具合の悪そうな子供もいた。
大塚先生にインフルエンザの予防接種のことを聞かれるまで、そんなことは念頭になかった私は、冬獅郎くんは体があまり強い方ではない、というのは夏に立証済みだし、とやってきたのだが。
まあそれを母に言ったら、「過保護なママでちゅね〜」なんて言われたけれども。
用心しすぎる…ってことはないじゃないか………
診察室の中から再び名前が呼ばれて、冬獅郎くんを促した。
彼が診察室の中に入っていくのを見届けて、私は長椅子に座ったまま、ぼんやり天井を見上げる。
今日の晩御飯は何にしようか。さすがに鍋は気が早い…。うーん、でもあったかい物食べたいから…久しぶりにグラタンだ!
贅沢にたっぷりのホワイトソースをかけて、溢れる位のチーズを乗せて、カリカリのベーコン、バターで炒めたほうれん草、ぷりぷりのマカロニ、ああ想像しただけで、よだれがたれてきそうだ。
よし、と両手を上げて背伸びをした時。
看護婦さんの悲鳴と、ステンレスのたくさんの何かがひっくり返したような騒音が、もたれ掛かった診察室の壁の向こうから激しく鳴り響いた。
診察室に前にいた人がみんな、驚いて空気が止まったみたいに綺麗に固まる。
もちろん私も例外ではなかったが、診察室の中にはまだ冬獅郎くんがいる、と脳が動いた。
それに気付いた瞬間、はっとした。
「冬獅郎くん…!?」
声を上げて立ち上がり、診察室に飛び込んだ。
スライドの大きな扉を押しやるようにして開き、転がり込んだ診察室は無人、更に奥にあった処置室に駆け込んだその場は、凍り付いていた。
床に散らばった、注射器なんかが入っていたんだろうステンレスのバットが複数、もちろんその中身も散乱して、医療品が積まれたカートも倒されていた。
一番奥には消毒の脱脂綿を持った看護婦さんが、床に座り込んで驚愕に目を見開いて蒼白になっている。
部屋の中心には、冬獅郎くん。
わずかにまえかがみになって、翡翠の瞳が貫くような鋭さで、床の上の看護婦を睨み付けていた。
それはまるで、獣のような視線。
口からもれるのは、獣の唸り声で、長くない銀の髪が逆立っているのが分かった。
彼は怒っていた。
「押さえろ…!」
部屋の入口の側にいた、医者が声を上げた。
男性の看護士が容赦なしに冬獅郎くんの細い手首をがっぱと捕え、首を後ろから押さえ込む。
予想以上に慣れた手つきだったのは、大怪我した人や精神病の患者が暴れるのを押さえ込んだりするからかもしれない、なんてどうでもいいことが頭をよぎった。
強い力で掴まれているはずの細く白い手首を、本人がお構いなしに振り回し、それがあんまりに冷や汗の出る動かし方で、私は悲鳴を上げた。
「やめて、折れる…!!」
看護婦の手中から冬獅郎くんを奪い返し、隠すように抱き込んだ。
一番抵抗したのは冬獅郎くんだった。
ただその時は怖くて恐くて、何があっても離すまいと私は冬獅郎くんを抱きしめ続けていた。
ただ怖くて恐くて、涙がこぼれ出た。
。.。.。.。.。.。.。.
よくマンガで、最初ギャグメインほのぼのではじまったのに、話が進む程シリアスになっていくパターン多いと思いませんか。
代表的なのはフルバだと思うんですが。
あれってちょっと残念です…シリアスもいいけど和気藹々も忘れないで…!っていう贅沢なこの気持ち。
という訳で、53話、シリアスになってますけど必ず日常ほのぼのに戻る…はずですので、チッ、いっちょ前にシリアスなんか書きやがって、とか見捨てず、お付き合いしてやって下さいませ………
管理ノートがないので、もう初期計画なんか丸無視で開き直りました。ら、テンションあがって短期間アップ&やりたい放題な方向に進んでますねー(他人事か
後悔はするかもしれない。
続く!
090917
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