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「ごはんできましたよー…」



キッチンから振り返ってそう告げたが、私の声はいまひとつ中途半端に発せられて、テレビでもついていたら間違いなく大方の人には聞こえなかったに違いない。


しかし、半分空気に溶けるような声量にも関わらず、奥の居間で黙々と宿題をこなしていたマイ弟は、静かに立ち上がってリビングまでやってきた。



沈黙の内に、必要以上に静かな食事ははじまる。


文化祭以降、年末年始を過ぎるまで、一年で1番忙しい時期を迎える両親は、今日も食事の席にいない。
夜、寝に帰ってくるだけマシだが、それも年末が近付けば一月は帰ってこなくなる。


まぁそれは例年のことであり、今はもう私一人ではないのだし、冬獅郎くんと二人で暮らすのもはじめてではないのだから、何の心配もないはず、なのだが。





カチャカチャと小さく鳴る食器が、いつも以上に耳につく。

ちらり、と視線だけを上げたが、そこには変わらず淡々と食事を進めるマイ弟。





いつもと変わらない光景のようだが、いつもと違う。


間違いないと思うのだが、電車での一騒動の後から、どうにも冬獅郎くんの様子がおかしい。
元々がアクションの少ない子だから、とっても分かりづらいのだが、何か違うのだけはよく分かる。


だがその何かがよく分からないだけに、どう対処していいやら分からず、結局この時も、何も切り出せずに食事を終え、部屋に戻ってしまった。






食器を洗い、風呂に入っても、微妙な持久戦は続く。

ちらちらと視線を彼に向けるのだが、人一倍敏感なマイ弟は、気付いているはずなのに無反応。
最近はちょっとしたことでも視線を合わせてくれるようになっていただけに、この関係の後退はあまりに口惜しい。



………だって、全然視線を合わせてくれやしない。



愚痴みたいに心の中でぽろりと呟けば、無性に悲しくなってきて涙が出そうになった。


なんでだなんでだ。仲良し姉弟になってきてたんじゃないのか。あの事件だって、公園でなんのわだかまりも無くなってると思ってるのに、違うのか。



むちゃくちゃ寂しいぞちきしょう。



「……冬ちゃん」



思ったより低くなった声に、自分で嫌になりながら視線を上げたら、あからさまにびっくりした目の冬獅郎くんと目が合った。


ああ、久しぶりにこの翡翠の瞳を見た気がする。



「なんで………」



ああ、鼻声になってる。



「なんで」



そっか、涙目になってるから、私の顔見て冬獅郎くんがびっくりしたんだ。



「なんでぇ……?」





気付いた時には子供みたいに泣いていた。

あたふたして、おっかなびっくり近づいてきた冬獅郎くんを抱き込んで、今までの不満と不安をぶちまけてやった。

目を合わせてくれないとか、素っ気ないとか他所よそしいとか、とんだ早い反抗期かと心配したり、またどっかの中学生に絡まれたりして問題を一人で抱え込んでるんじゃないかと思ったりしたとか、言わなくていいことまで全部言ってしまった。




言いながら、ああ、やっぱり心配性過ぎるところはお母さんに似たんだと、心の中で嘆息した。




冬獅郎くんもそう思ったかは知らないが、私が散々いらない不安を抱いていたということはよく分かったらしい。

しばらくして顔を見た冬獅郎くんは、バツが悪そうにしていた。



「お姉ちゃん嫌い…?」



尋ねたら、冬獅郎くんはパチッと目を開いて、首を横に振った。



「じゃあ………もういいや」



ホントは理由を確かめたいところだが、家族の絆さえ緩んでいなければ、今はそれでいいということにする。


なんとなく、ここ数日触れることすら躊躇われた冬獅郎くんをよしよしして、



「これからは目、合わせてくれる?」



ただでさえ言葉が交わせなくて、気持ちが分かりにくいのに、目まで見れなかったらどれほど息苦しいことか。

じとっとした目で冬獅郎くんを見たら、少し沈んだ様子で頷いた。

反省……したんだろうか。



「私が同じ部屋に入っても逃げない?」

コク。

「ご飯、無理に早く食べたりしない?」

コク。

「わざわざ見てない隙狙ってプリント置いてったりしない?」

コク。



あ、やっぱりわざとプリント、手渡しするの避けてたんだ。

何気にこれはただの偶然で、被害妄想かなぁなんて思ってたのに、ちょっと……いや大分ショック。



「じゃあ、今日はお姉ちゃんと一緒に寝る?」



コ…………ク?



惰性で頷きかけて、問い掛けの主旨が変わったことに気付き、止まった。

思わず私が吹き出すと、どこか困ったように上目がちの視線がこちらに向けられて、私はまた笑いながら抱き寄せた。



「何があったのか知らないけど、私はいつでも私の弟の味方になるから、また避けたりしたら嫌だからね」



頭を撫でながらも、それだけはしっかり伝えたら、やっぱりバツの悪そうな動きで頷きがかえってきた。



私はまた笑って、わしわしと白髪を撫でたくろうとした、時、






ごめん、






ほとんど息だけのそれが、聞こえた気がした。



驚いて、もう一度しっかり冬獅郎くんを見たけれど、彼は全然喋ったような顔はしてなくて、また喋りそうにもなかった。






………焦らないで、待つか。






声は出るのに喋らないのは、きっと彼なりの壁があるんだろう。
それを乗り越えて、いつか話しかけてくれるのを信じて待つことにする。



冬獅郎くんに小さく笑って、一緒に同じ布団に潜り込んだ。

寒くなりはじめたけれど、さすがに暖房を付けるには気が引ける季節、冷たい布団にある暖かい体温は、いつもにまして愛しく感じられる。


今回のことは、私も地味にダメージ受けたからな………



あてつけのように、普段とは逆に、冬獅郎くんの胸に潜り込んでやれば、戸惑う気配。


この数日、私を悩ませた罰だと、一人こっそり笑った。











翌朝になって目を覚ました時、私は冬獅郎の胸に納まったまま、守られるように頭に小さな手がそっと添えられていた。

















。.。.。.。.。.。.。.。

50回記念なんで、定番の日常添い寝書きたいなぁとか思ったらこんなことに………

なんかもうちょいイベント考えたかった気がするが、例によってまた勢いだけ書いてしまっ……orz


所要時間ジャスト一時間ヽ(´▽`)/


ああもう完全勢いです。



しかし次回はヒロインの文化祭………勢いだけではどうにもならない……( ̄□ ̄; )

どうしてくれようか何も思い付きませんが、結局いつも事前に決めようが決めまいが、書きはじめた流れと勢いだけで結末が決まります。

結局、勢いなんですよねー………




090515


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