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「ハンカチとー、ティッシュとー、何やかんやとーこれとそれと………」


ガサガサとバッグの中を再確認しながら、引っかき回す。

頷きながら真剣に確かめている私を、ダイニングテーブルに座った冬ちゃんが遠巻きに眺めていた。


「そしてチケット! オーライ大丈夫!」



掲げたのは、麻雀で冬獅郎くんが獲得した、舞台のプレミアチケット。


しかしリビングはシーンとしたまま。

振り返れば、湯飲みを傾ける冬獅郎くんと母上が無言のままこちらを見上げていた。

マイ弟の無言っぷりはいつも通りにせよ、母君の視線は……そう、なんか“まきびし”みたい。

つまりはチクチクしたものが、当てられるのではなく地面に敷かれてる感じ。


だけども私は、そんな地雷を踏むつもりはない。
今日という日をどれほど楽しみにしていたことか。



「さあて、冬ちゃん。準備はいいかい?」

「もちろん」

「お母さんに聞いてないの」

「もー、酷いじゃない! 折角の休日、折角の一緒にいられる時間に、しろちゃんを連れてお出かけ!? お母様を置き去りにして!? なんて親不孝な!」

「さ、行こうか」

「祐〜〜っ」



全く、往生際の悪い。

自分がチケットをダシにして麻雀させたくせに、ここに来て駄々をこねるとは何事か。

死んでもチケットは渡しません。悪いがお母様より楽しみにしてた自信がある。



「じゃ、そゆ訳で留守番頼みますー」



しっかり冬獅郎くんの手を握って、玄関に向かう。

スウェット姿の母が背後霊のように着いてくるのを知らないふりしながら、靴を履く。

そうして振り返り、満面の笑顔を作って行ってきますを言ってから、仏頂面に扉を閉めた。
















十一月の第二土曜日。
あちこちの学校で文化祭をやっていたりするからだろうか、街中も電車も人がいつもより多い気がした。

この辺りで一番活気のある街の駅までやってきた時には、久しぶりのひとごみの感覚に、人酔いしそうだった。



しっかりと冬獅郎くんの手を握り直し、駅前の結構立派な建物に向かって一直線。


明らかに違法な詐欺商売をやってそうな客引きの手から逃れながら、建物に近付く程に胸ははやる。



そうして私は意気揚々と乗り込んだのだが、帰り道はそんな楽しい気分のまま帰ることは出来なかった。
















冬に近付く証のように、日々短くなる日。

特別公演だったからか、予定よりも随分な長丁場となった舞台を見終えて、まさに満腹になったような気分で建物を出た頃には、既に夕焼けの名残が僅かに伺えるかどうかという頃合いだった。


土曜といえ、仕事から帰宅するところなのかスーツ姿の男女も多く、駅前は昼間とはまた違う活気に溢れている。



そんな中、私は近くにあったバス停のベンチに腰掛けていた。



「うー……吐きそう………」



半分以上ダウンした状態で、口元を抑える。



理由は、舞台だった。

舞台の内容そのものは凄く楽しめた。楽しいというか、ストーリー展開が独創的でユーモアと面白みに富んで、素人目にも凄まじい迫力を感じさせるベテランの俳優達に、心奪われそうな程だった。


ただし。

完全に奪われきれなかったのは、隣に腰掛けた四十前後の女性の、キツイ、キツすぎる香水の香りのせいだった。

毒々しいまでの匂いは内臓を痛めるのではと思うほどで、更にそれは彼女が髪を振る度に蔓延し、化粧の匂いまで追加されて、もはやそちらに意識を飛ばしそうだった。



「はぁ………とりあえず、どこかご飯食べ入ろうか」



今から帰ったら、晩御飯が遅くなりすぎる。

何が食べたいかと聞いたが、もちろんと言おうか、返答は得られない。


辺りを見回して、財布と相談した末、無難にファミレスに決める。



しかしこんな時間帯だからかファミレスも混んでいて、散々待った後に通されたのは喫煙席だった。

胸のむかつきに拍車がかかり、尚のこと食事が喉を通らない。





疲労感を抱えて改札を通り、ちょうどやってきた電車に乗り込む。


もう夜もふけてきたからだろうか、席はまばらに空いていて、駅にとまるごとに更に密度は下がっていく。


あと数駅で地元、というところで、その人は突進するように電車に乗ってきた。

















。.。.。.。.。.。.

完全な前フリオンリー/(^O^)\

続きます。もうしばらくお付き合い下さいませ………


090314


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