045



今朝には見事な秋晴れだったというのに、昼前に降り出した雨は容赦なくその雨足を強くして、昼を回った頃にはとても小雨とは言えない状態になっていた。


朝にはお洗濯日和だとにこやかに話していたお天気お姉さんが、申し訳なさそうに現在の天気図を指示棒で示すのを最後に、テレビを消す。





途端、静かになった家の中には、体育祭の振替休日中の私一人。

雨音も激しいはずなのに、それが返って他の音を消すようで、ひんやり冷たい空気と相俟ってひどくしんとしていた。


雨は好きだ。
出掛けようとは思わないが、軽い雨音は心地いい。雨の日の雰囲気は、ゆったり家で過ごす分には、本を読んだり音楽を聞いたりするのに最適だと勝手に思っている。



「さて、と」



時計を見上げて玄関に向かい、傘立てから長さの違う二本の傘を取り出す。

行き先はもちろん、傘を持たせずに行かせてしまったマイ弟の学校だ。

あの学校、置き傘が出来ないので不便極まりない。

傘立てに置いては蒸発するのがオチだし、教室のロッカーは道具箱と書道具しか置いておけない。


毎日折り畳み傘を持たせるのも可哀相だしなぁ。







玄関を開けると、雨に霞んだ街が視界に広がった。

空は一面の灰色で、今日はもう晴れを期待出来そうにない。



ポン、とオレンジ色の傘を開いて、色褪せた世界に花を咲かせた。
















昇降口は既に人もまばらになりつつあった。

大半の女の子達は折り畳み傘を出して、持っていない子や兄弟達と寄り添って帰っていき、男子の大概は悪ふざけじみて雨の中に走って飛び出し、濡れて帰っていった。
禁止されている携帯電話でこっそり連絡している者も、中にはいた。


おかげで不意の雨にも関わらず、全校生徒が校舎に缶詰になるという事態には至らなかったが、いつも以上に騒々しかったのは確かだった。



冬獅郎はその喧騒を見通しの利く離れた階段からぼんやりと眺めていたが、そこから動く様子はなかった。

横を通り過ぎていく児童の内、幾人かの女子が友人と相合い傘をするから自分の傘を貸すと申し出たが、彼は断るでもなく、耳に入っていないかのように無反応で、どの少女も諦めざるをえないようだった。



男子達は佇む冬獅郎を見つけて、横を走り抜けざまに冷やかすように彼の白髪を掻き回していったが、すぐに冬獅郎に力の限りに振り払われ、引き攣った嘲笑を浮かべてそのまま走り去って行った。



通り過ぎる彼らに構われるのにいい加減うんざりしたのか、冬獅郎は降りてくる人波に逆らうように階段を上がりはじめた。





二階の踊り場まで戻った時、ふと窓から外を見ると、通学路から校門に歩いてくる、見覚えのある橙色の傘を見つけた。

冬獅郎がその傘を見とめると、傘が緩やかに後ろに傾いて、もう一本の深緑の傘を持った義姉の顔が覗き、校舎を見上げた。



視線は合わなかったが、再び祐が学校に向かって歩き出すのを見ると、冬獅郎は立ち尽くしていた足を階下へと向け直した。







昇降口に戻ると、人はもうほとんどいなかった。

傘を持っていない子供は皆走って行ったようで、傘を持った子ばかりがわずかにいるだけだ。



冬獅郎が下駄箱の前までやってきた時、それまで下校する児童を見送っていたらしい大塚先生が立っていた。



「お、冬獅郎。まだ靴が残ってたからいるんだろうとは思ってたが、傘がないのか?」



天気に反するニコニコマークのような笑顔に、冬獅郎は全く反応を示さない。
しかしいつものことゆえか、大塚先生は冬獅郎の傍までわざわざやって来て、あれこれと世話を焼くように尋ねたが、声を掛ける程に当人は人形と化していくようだった。



「よし、冬獅郎、先生が送ってやる。車回すから待ってなさい」



そう言って意気揚々と職員室に鍵を取りに行こうとした大塚先生を拒むように、冬獅郎はぞんざいな動作で下駄箱に手を突っ込むと靴を地面に捨てるように置いてつっかけ、雨の降りしきる中に構わず出て行こうとした。

大塚先生は驚いたように彼の肩を掴んで止めたが、冬獅郎はなおも進もうとするのをやめなかった。


「あぁ、冬ちゃん」

















懐かしい通学路を辿って小学校に着いたのは、雨に足を取られたのか予想より少し遅い時刻だった。



雨に霞む昇降口までたどり着くと、あの目立つ白髪がすぐに目についた。
何か動きが不自然だと思ったが、理由は声を掛けてから分かった。


「あぁ、冬ちゃん」



呼び掛けると、冬獅郎くんが顔を上げ、それと一緒に太い柱の影から大塚先生が顔を覗かせた。



「おっと、お出迎えですか?」

「はい、天気予報が外れたので」



もう一本の傘を持ち上げて示すと、そうですか、とニッコリ笑った。
元々肌の色の白い大塚先生だが、雨のせいか随分不健康に青白く見えた。



「よかったなー、冬獅郎。いいお姉さん持ったなぁ」



ごしごしと擦るように頭を撫でられ、冬獅郎くんはそれが嫌だったのか甘んじて受けるでもなくさっさと先生の傍から離れて昇降口を降りて来た。

相変わらずというかなんというか。

家の外では自分の殻に閉じこもりモードが何倍にもパワーアップしたままらしい。


しかし大塚先生は特に気にした様子もなく、雨をも吹き飛ばしそうな快活な笑顔だった。
教職員はこうでなければ務まらない気がしてきた。

少なくとも、私だったらここまでスルーされたらへこたれる。絶対に。



「じゃあ気をつけて帰るんだぞー、なんかまたあったら先生に言えなぁ」



大塚先生の盛大な激励が続く中、私は不意に視界に入った少年に目が留まる。

どこか気の弱そうな男の子は四年生位だろうか。オロオロとした様子で玄関から空模様を伺っている。おそらく傘を忘れたのだろう。

雨は止む様子がないし、大塚先生は冬獅郎くんに構って気付いていないようだ。


二人を置いて止む気配など微塵もない空を、ただひたすらに悲しげに見上げる少年に歩み寄ると、彼は不安げな眼差しをそのままこちらに向けた。

一人大塚先生の元に置き去りにされたマイ弟が微かに憮然としたオーラを滲ませた気がした。

うん、まあちょっとの間耐えてくれ。



「誰か迎えに来るの?」



少年にそう問い掛けると、小さな声で否定が返ってきた。



「じゃあこれ貸すわ」



手に持ったままだった冬獅郎くんの深緑の傘を差し出すと、急に気が緩んだようにほっとした表情になって、両手を伸べて傘を受け取った。



「ありがとう」

「傘はあの子に返せばいいからねて」



大塚先生に捕まってる白髪少年を指差すと、傘をにぎりしめるようにして頷いた。



「じゃあ冬獅郎くん、帰ろうか」



さりげなく冬獅郎くんを大塚先生の手中から奪い返し、そのまま会釈して雨の中にマイ弟を連れて出た。

大塚先生は何か傘を貸した事を褒めたり冬ちゃんに色々言い含めたりしていたが、笑顔で若干強引に区切りを付けさせていただいた。


冬ちゃんはぼんやりと二人の頭上を覆うオレンジの傘を見上げていたが、相合い傘ということがよく分かっていないのか、左肩が盛大にはみ出て雨をかぶっている。



「おいで」



手を握って引き寄せると戸惑ったように丸い翡翠の瞳がこちらを向いたが、そのまま歩き出すとゆっくりと同じように足を動かして、横に並んで帰路を辿る。

合わない歩幅に間の距離が不安定に揺らいだが、傘の枠に留まるため、二人の距離はほとんど近いままで。


色褪せた周囲に、異様にさえ感じるほど鮮やかな傘の下だけ、まるで切り取られた別世界のようで。



眺めるように見下ろしていた白髪に、不意に袖を引かれて、導かれるままに気付かなかった目前の水溜まりを避ける。



「ありがとう」



いつの間にか人形モード解除していたマイ弟は、キョトンとした風に丸い瞳でこちらを見上げたかが、すぐに視線を外されてしまった。




雨はまだ、少しやみそうにない。
















。.。.。.。.。.。.。.。.。.


難 産 で し た


書き進めるのに最大に時間が掛かりました。後半だけ。

特別私生活が忙しかった訳じゃないんです。


ていうかですね、途中でこの連載のスケジュール兼予定表作ってたんですよ。
母がサイズ間違えて買ってきた、手帳用のスケジュール表で。有効活用←


今頭を悩ませてるのは、翌年を閏年にするかどうかです^^^^





ところで雨が好きってのは管理人の話です。

雨の日にベッドでRie-fuとか聞きながらまったり読書とかねっとり(←)妄想とか最高の贅沢じゃないですか。

…………そうでもないですか、そうですか。


ちなみに管理人の周囲の人は、雨の日が好きって言うと大概、もれなく変な目で見て下さいます。
変人もここに極まれりってか畜生め。


まぁでも雨の日の道は好きくないです。シロが水溜まり避けるのを誘導してくれるなら全然バッチコイだけd(ry




081115


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