034



急ぎ足。普段の運動不足が祟るほどの早足で、私は帰路を急いでいた。


まさか、こんなことになるとは思ってもいなかったんです。


辺りは変質者の一人や二人出そうな位に真っ暗で、外灯が昼間とは打って変わって我こそ主役と言わんばかりに煌々としている。

人通りも少ない。



しかし、私が足を急がせているのは、変質者の心配のためではない。

もちろん頭にあるのは、家に一人でいるであろう冬獅郎くんのことだった。




家を出る時には予測もしていなかった遅い帰宅だけに、伝言の一つも出来なかったのが尚更歯がゆい。

くそう、やっぱり文化祭の役員なんか引き受けるんじゃなかった。




ようやくマンションにたどり着いて一階の郵便受けなんて覗く暇も惜しく、エレベーターに飛び乗る。

電光表示が秒針よりも遅い速度で数を増やしていくのが、普段の何倍もゆっくりのような気がして、また歯がゆい。



チーン、という音に一拍遅れて開きはじめた扉をすり抜け、既に手にしていた鍵をエレベーターから五つ離れた扉に差し込んで素早く回した。



「ただいま冬ちゃん、ごめん!」



帰り道の間、何度となく胸中で繰り返した言葉を叫ぶように吐き出すと、返って来たのは静まり返った空気。



なんていうか……それはただ冬獅郎くんが大人しい性格だからとかそういうことじゃなくて。



ざわざわとしはじめた胸を押さえながら、無言で廊下を突っ切り、自室の扉を開け放った。





真っ暗。





電気がついていない部屋には、誰の人影もなく。

投げ出されたような冬獅郎くんの通学カバンが、唯一存在感を放つように床に捨て置かれているばかりだった。

















それから実に四時間後のこと。


再び、内田家の鍵穴は回された。


もっともそれは既にあいており、回した人間もすぐにそれに気付いて、もう一度鍵は回転する。


開かれた扉から、二つの靴音がにぎやかしく家の中に入ってきた。


死んだように静まり返っていた空間が、一時に息を吹き返す。

アフロディテが地に足を着けて歩き出したそれのように、足音が過ぎ去るそこから命を吹き込まれたように空間が動きだした。



もっともそんな例えを、実は無人ではなかったこの家に居るその人が聞けば大いに憤慨したかもしれない。

憤慨するに足る理由が、その人にはあった。





「たっだいまぁ〜、ボンジョールノ、ザ・愛娘! うっわ、しけた面」

「………貴方のせいですが、何か」


リビングのテーブルに座った祐が恨めしそうな視線を上げて寄越したのへ、リビングの扉の前に立ち尽くした彼女の母は、きょとんとした顔をする。

その背後から、白髪頭の少年が顔を覗かせた。

















全く、ほんとになんて親だ。


誰もいない家で、私が我に返るのには少し時間が要った。
けれど気付いたのは、両親の部屋に増えていた書類で、それは両親が日本に帰ってきていることを示していた。


そこまで分かれば、後は想像するにたやすい。


つまりは、紛れも無く冬獅郎くんを拉致ったのは我が母であるということだ。



「とりあえず―――座っていただけます?」



おそらく飛行機に乗ってからそのままケータイの電源すら入れ忘れてやがった母上に満面の笑みを向け、私が座るダイニングテーブルの向かい側を示した。

珍しく、母の表情が引き攣っていたようだった。







それから延々と、説教、説教、説教。



もちろん私がどれほどまでに心配したかなんてもんじゃなく、この常識も良識も理解しがたい部分で綻びてる母に、淡々と……しかし途切れなく説教(及び愚痴)を垂れ流した。


ほとんど私のストレス発散だが、心配かけた分、当然の報いというものだ。





言いたいことをすべて言い尽くして、ついでに日頃の注意点も半分イジメで付け加えておいて、とりあえずこの日は解放してやることにした。

目の前には、耳たこ出来たぐったりとした母。


自業自得です。




憤然とテーブルから立ち上がると、居間にいた男性陣がびくっとして私を見上げた。

私は化け物ですか。



いつの間に帰ってきたのか、父上は缶ビール、冬ちゃんはオレンジジュースをそれぞれ手にして一杯やっていた。


ずかずかとそこに乗り込んで、冬獅郎くんのオレンジジュースの缶を手に取り、ぐいっとあおる。

冷え切っていてさっぱりした。



「も、よろしいですか?」



父上が、未だテーブルに突っ伏している母を指差した。



「今日のところは、許します」



もったいぶって言えば、ほうっと息をついた父。
なんだか癪に触って、むっと視線をやった。



「大体ね、お父さんもお父さんでしょう」



言えば、ギクリと揺れた肩に向き直った。



「一緒に帰ってきたんでしょう? なんで釘刺してくれないかな? お母さんの性格よくご存知でしょうや?」

「ホントよ」

「主犯はおだまり」



つかの間の復活を遂げた母を叱咤すれば、怖ず怖ずと苦笑を浮かべた父が謝った。


「あの、祐ちゃん、お母さんのことはごめんね? 今度から気を付けるから………ね? もう夜も遅いし……」

「冬ちゃん、あなたはお風呂に入って先に寝てらっしゃい」



冬獅郎くんにだけ命じれば、そそくさと少年は退散していった。

もちろん、この後、この家に私の雷が落ちたことは言うまでもない。





しかし、それから部屋に戻ってみれば、既に布団に入って小さくなっていたマイ弟の横に、丁寧に私の布団が敷かれてあったことには思わず笑ってしまった。
















.。.。.。.。.。.。.。.。.。


両親帰って参りました。
運動会のために(笑)


まぁ、シロちゃんがヒロインの怒ったら怖いという新たな一面を知ったということで。

こんなに心配されていたということを、身を持って知ったということですね。


いつかシロsideでまたこの話書くかもしれません(´∀`)


しかし母が絡むとギャグになっていかんな(笑)
思わずヒロインの剣幕に、自分で二人分の布団を敷いてしまったシロ。

意外に将来はカカア天下か?






ちなみに現在実施中のアンケートですが、コメントいただいた中に管理人と同じ考えの方が幾人かいらっしゃいましたね(笑)

なるほどっというコメントも採用させていただきます。
結果は本編にて(。-∀-)♪





ぬあっ、日付変わってやがる…
まさかの夜中アップでした(-_-ι)

08.3.10


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