022



「…………いざ!!」



手提げカバン片手に、気合いを入れて玄関の扉を開ける。

そんな私の後ろには、いつもとかわりない沈着な我が弟、冬獅郎くん。

こちらは母が買ったリュックを背負っている。


ランドセルは持ってないらしく、以前は通学にあの青いリュックサックを使っていたようだ。




家の鍵をしめ、エレベーターで一階へ。

辿る通学路は第一小学校へのもの。


今日は九月の第一日目、始業式だ。
ちなみに私は、高校は明後日からなのでまだ夏休み。
とりあえず帰ったら、やり残していた課題のまとめをしなければならない……。




というわけで、今日は念のため冬獅郎くんと学校に来ているわけなのだが。

私の方が緊張もわくわくもしているのはなぜでしょう。





小学校の玄関で深呼吸する私に、それを待つ弟。

普通、この構図って逆やなかとですか。



スリッパにはきかえ、冬獅郎くんは学校特有の、あのバレーシューズのような上履きに。


ようやく久しぶりの小学校に懐かしみを感じるまでに気分もほぐれながら、職員室に向かった。



「失礼します…今日からこの学校に通うことになっている内田 冬獅郎ですが」



職員室に入ると、幾人かの見知った先生がにっこりと笑いかけてくれたが、やはり始業式だけに忙しそうで、会話を交わすほどの時間はなかった。



「内田さん?」



その中で唯一こちらにつかつかと歩み寄ってきた女性。
ちょうど桑年頃のその人は、短髪で目も細く、薄い唇を真一文字に引き結んだ小柄な女性で、前までやってくると律儀に一礼した。


慌てて礼を返すと、女性は蒔田と名乗った。私の知らぬ先生だった。



「今年度の第五学年、学年主任を一任されております。内田くんの学級担任は後ほどご紹介致します」



こちらへどうぞ、と蒔田先生に案内されて職員室の一角にある面会室に通される。


そこで保護者向けの書類を渡され、私は母から預かっていた教育委員会からの書類を渡した。



「ところで」



書類に目を通していた蒔田教諭が、私を見、冬獅郎くんを見下ろした。



「前の学校でどうだったか知らないけど、そんなふざけた格好で通うことは許しませんよ」



空気が一瞬にして固まったのが分かった。

蒔田教諭の口調はさらりとしたものだったが、磨りガラスのついたてで囲まれた外まで凍った空気が広がっていった。



「え、っと…ふざけた、とおっしゃいますのは……」

「ちゃんとした保護者が同席しないのはともかく、夏休みの間羽目を外しても、学校では髪の色を戻すのは当然のこと。ここは遊びに来る所ではありません」



さばさばとした調子ながら、向けられる空気と視線は一寸の緩みもないほどに厳しい。

悪いことなどしていないのに、背筋に冷や汗が流れた気がした。



「これは、地毛なんです。瞳の色も」



私の弁解に、蒔田先生の片眉がきつい角度に跳ね上がった。



「歳のせいならともかく、外国人でもこんな真っ白な髪の人はいません」

「でも、ええっと……」



一人焦りながら、冬獅郎くんの両肩をつかんでこちらに向ける。

まっすぐに見上げて来た見事な翡翠の瞳を見ながら、確かにこれでは疑われてもしかたないと内心で膝をついた。



「あっ、ほらこれだ! ちょっと冬獅郎くん目を閉じて」



素直に目をふせた冬獅郎くんを前に向け、蒔田先生に彼の目元を示す。



「睫毛も白ですし」



そう言うと、蒔田先生はメガネを取り出して冬獅郎くんの顔を覗き込んだ。

しばらくすると体勢を戻し、勢いよくひとつ息をついた。



「分かりました。本人のそのままの色であるならば問題はありません。疑って申し訳ありませんでした」



最後までさばさばしていた蒔田先生は、そろそろ始業式がはじまると言って冬獅郎くんを他の転校生のいる体育館舞台裾に誘導し、私は始業式を他転校生保護者と共に観覧(?)できることになった。



これまた懐かしい体育館に入ると、壁際の保護者席にまじる。



スーツなどのちゃんとした服装をなさっている保護者の皆様の中に、普段着の若造一人がまじるのはちょっと気が引けた。

おとなしい服を選んでいただけ、マシだろう。

元々、職員室まで付き添ったら帰るつもりだったのだ。







転校生紹介の段になって、一斉にカメラを取り出す保護者陣。

少し怖い位の反応度でした。






最後の方で冬獅郎くんが出てきて、一段とざわつく体育館。

外国人? なんて囁き合う声が多数聞こえてくる。


更に自己紹介の時になって、当然というかなんというか、冬獅郎くんは完全無言、それどころか無反応。


なんだかこちらがいたたまれなくなって、謝りたくなった。



結局、自己紹介のためのマイクを回していた先生が、マイ弟が外国人かつ日本語が分からない、もしくは喋れないと判断して、スムーズに次の子へ。




もうホント、申し訳ありませんでした…。













それから始業式が終わって教室に戻り、私も廊下から冬獅郎くんが改めて紹介される様子を見ていたが……

結果は言うまでもなく。



更には純粋な疑問である生徒の、「外国人ですか?」という真っすぐな質問。

冬獅郎くんはなぜかまた例の人形状態に逆戻りしていたし、色白で彫りの深い顔立ちをした若い男の担任教諭がなんとか執り成してくれて、その場はおさまった。




………これからどうなるんでしょうか。


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