015




「ちょっと待ってちょっと待ってーーーっ!」



私の裏返った声が響いたのは、宵の口のことだった。


夕食後、洗い物を終えた皿を抱えて、食器棚にしまおうとしていた、そんな最悪のタイミングで奴は現れた。



光沢のある黒々とした羽、すっと伸びた二本の触角、シャープな造形の複数の足…


なんて形容してみても、気持ち悪さにかわりはない。





突然足元に現れたゴキブリに冷や汗が流れた。







両手にある不安定に重ねられた食器のせいで、俊敏に動けない時に限ってなぜだ。


普段なら一度距離を取ってから自分でどうにかする。悲しきかな、それが一人暮らし(もどき)の定めだ。




けれどこんな動けない時に足元に現れるなんて、私の神経がいくら図太くてもビビる。


距離を取りようもなく、慌てて食器を数歩離れたテーブルに置こうとしたが。



「待ってってば……っ、うわぁっ!」



ガッシャーン!!


やってしまった。

両手の食器タワーの頂点にあったコップが落下して粉砕。

それに驚いたのか、ゴキが動き回るわ跳び回るわしはじめて、声にならない悲鳴を上げながら、私は驚異的なスピードで逃げた。



ちょうどその時、リビングの扉を開けて入ってきた風呂上がりのマイ弟を抱き抱え、居間へと避難する。



「ぐ、グッドタイミングだよ、冬ちゃん……君、虫は苦手かい?」



頭にタオルをかぶった冬獅郎くんは、私の突然の質問に、怪訝そうに首を傾げた。



「どうぞ、よろしくお願いします」



昨日の新聞を捧げ持ち、深々と頭を下げた。
訝しんでそれを手に取った冬獅郎くんは、私が指差した方向を見る。



おそらくそこでカサカサしている奴を見つけたのだろう、あぁ、という風に冬獅郎くんは軽く息をついた。




私が居間とリビングの仕切りの所で見守る中、さすが男の子、冬獅郎くんは臆する様子もなく、淡々とした足どりでゴキに近づき、



スパン。



軽く一発。なんのことはなく片手で新聞を振り下ろして奴を仕留めて下さった。


兄弟がいるって、なんてたのもしい。



そう心をピンク色にして、私は油断していた。


奴らの陰謀はこれで終わりではなかったのだ。



「…うん?」



まだ幻聴のように、カサカサ聞こえる。

何気なく振り返った私は、思わずあられもない奇声を上げてしまった。



「うわぁあっ!?」



女らしくない悲鳴だと思いつつ、またしても足元近くに現れたゴキ。

こいつらの俊敏性はよく知っているので、下手に逃げると踏んでしまうかもしれない。


そんな余計な事を考えて、一瞬動けなくなってしまった。



「と、冬獅郎ーーー!!」



武器も手元にない私がわめくと、ぐいっと後ろから腕を引かれて、まさに私の足に飛び掛からんとしていたゴキから離れることが出来た。


バランスを取りきれずにゆっくり床に尻餅をついてしまい、後ろにいた冬獅郎くんに背中から倒れ込んだ。


立て膝をついていた冬獅郎くんは私を受け止め、バランスを崩すことなく、間近を通りすぎようとしていたゴキ二号を新聞で叩き潰した。



お見事。



しかし新聞を持ち上げようとした冬獅郎くんの手を、腕を掴まれて彼にもたれかかった状況のまま制した。



「今……結構力強かったよね」



疑問符を浮かばせた冬獅郎くんに、私は振り下ろされた状態の新聞を見つめたまま続けた。



「きっと、潰れてる気がしない?」



頭上の冬獅郎くんをようやく見上げると、間近にあった彼の眉間に、若干シワが寄っている気がした。


それがどうした、ということなのだろうか。

でも出来れば、私はそんなグロテスクなものを見るのは勘弁願いたい。




素早くゴキ(の残骸)と冬獅郎くんから離れ、始末をお願いした。













二匹のゴキをくるんだ新聞を捨て、それが入ったゴミ袋を家の中に置いておきたくなかったので(だって死んでなかったら嫌だ)、明日燃えるゴミの日であるのをいいことに、失敬して晩の内にゴミステーションに出させていただいた。











「いやぁ助かった、冬獅郎くん」



一騒動の後、生乾きになりつつあった冬獅郎くんの髪を拭きながら、先程の勇姿を散々に褒めたたえ、礼を言った。



「是非今度からもお願いいたします」



今日は、冬獅郎くんが一回りも二回りも大きく見えた日だった。


真顔を上げて私を見た冬獅郎くんに、深く頭を下げちゃっかり今後のこともお願いした。



















.。.。.。.。.。.。.


背面キャッチ萌え(>艸<*)


ゴキネタもやるつもりでしたが、まさかこんなんなるとは思いませんでした。

ていうか、ヒロインなにげにシロ呼び捨ててましたよね(笑)





ちなみに管理人は、基本的に虫は平気な人です。
噛まれさえしなければ蛇でも掴める(と思う(ヲィ)人です。


ただ、突然現れられると、うわぁぁあ!?て言ってしまいますね。

キャーとは言えない自分……orz



でもゴキ潰したことは(多分)ないです。
あんまり会いませんしね。
最後に遭遇したのは、二年前、祖母宅のシンクにて。

久しぶりに見たので思わずばっと立ち上がったら、その動きに祖母がかなりビビったらしく、責められました(´ω`)

ゴキ位でなんや!と。
私の動きにはビビっても、ゴキにはビビりません。
さすがです。




まぁこれでシロがめでたくゴキ係に任命されたので、またいずれゴキネタ書こうかなぁ。

今度はもっと仲が進展した頃に(>艸<*)

何たくらんでるって、そりゃー色々企んでますよ!


07.12.25


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