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夏休みも折り返し地点を過ぎ。
特に出掛けるアテもない私は、マイ弟と親睦を深めるべく大方を家にて過ごし、またスーパーへの買い物も冬獅郎くんを伴ったりとしていたのだが。
姉弟の距離、縮まらず。
正直、何日かすれば口を聞いてくれると、
思っていた私が間違いでしたとも。
机に向かい、夏休みの宿題の最後の砦となる作文をやっつけで片付けながら、ため息をついた。
絨毯の上にはマイ弟。
静かーに本を読んでらっしゃいます。
これが毎日の彼の日課。
引越してきたばかりで遊びに行っておいでもおかしいし、言ったところで友達もいない近所に出掛けても楽しくないだろうし、何より先日の買い物の時のようなことがあっては困る。
男の子が遊ぶような物と言ってもなぁと思いつつ、今や旧型になったTVゲームや本棚の本をすすめてみたところ、彼が選んだのは本だった。
今度本屋デートにでも誘ってみるかと思っていると、玄関のチャイムが鳴った。
「やっほー、元気してたぁ?」
玄関を開けると、見慣れた顔が数人分。
高校のクラスメイト達だった。
「あれ…?」
「あれ? じゃないでしょー。いくらメールして遊び誘っても来ないし、勉強会にいらっしゃったのよ」
「って、宿題写しに来たんでしょ?」
「やだなぁ、分かんないところだけだって」
お邪魔しまーす、と入っていった友人を止めることもできず、夏休みは冬獅郎くんと穏やかに過ごす計画はここにきて崩れた。
「あっ、待って。居間に行ってて、エアコン付けていいから」
「えー? 部屋冷えてないんじゃん?」
「この人数を私の部屋ではキツイです」
迷わず私の部屋に向かおうとした友人を引き止め、私は足早に自室に戻った。
「ごめん冬獅郎くん、クラスメイト来ちゃった。こっちには来させないけど、しばらくうるさいと思うからごめんね」
相変わらず顔を上げるだけの冬獅郎くんの反応の薄さに苦笑して、机の上の宿題の山を片手に部屋を出た。
「え、なんでこうなんの?」
「公式使ってないからでしょ、ホラここ」
「なー、これ分かんね」
「まず教科書読んで下さいなー」
なぜか家に来る程仲良くないはずの男子まで、友人に誘われたのか一緒に来ていた。
別に彼だけ追い返す理由もないから、なんだかんだでコーチに回りながら宿題を見ていく。
ただし、私が見れる教科には制限がある。とりあえず英語はムリだ。
いまだに中学英語の文法すら危ういほどで、1番の敵は前置詞。
奴らの使い分けだけは、いつまでたっても謎だ。
「あーもうだめ。答えプリーズ」
「交換条件アイス買いに即刻パシリ」
「なん!? この炎天下を鬼ですか!?」
そんな会話を交わしながら作文を仕上げ、ちらりと時計を見上げる。
晩御飯何にしようかな。
ていうか冬獅郎くんの好きな食べ物ってなんなんだろ。
ご飯食べてる時の反応が全くないから好き嫌いも分からん……
「ダメだ、ギブ!! 浅野香奈、パシられます!」
降参したらしい友人に、待ってましたとばかりにスナック菓子やら飲み物やらの注文を押し付ける、その他クラスメイト'Sを見ていたが、考えついた晩御飯メニューに、
「豆腐と生姜」
交じって注文すれば、全員に視線を向けられた後、爆笑された。
晩になって、風呂上がりに恒例となりつつある冬獅郎くんの見事な銀髪を拭きながら、居間でニュースを見ていた。
「あっ、ホラ」
ニュースを意識半分で見ていた私は、ぱっと写った人物に冬獅郎くんの背中を叩いた。
私の膝の間に座っていた冬獅郎くんは、茣蓙に落としていた視線を上げたようだった。
「お母さん達、ロシアに行ってたんだねー」
そう、写っていたのは紛れも無い我が母。そして彼女を映しているカメラをもつのは父だろう。
二人してフリージャーナリストというか、フリーカメラマンというかをしている二親は、紛争だろうが祭典だろうが二人で乗り込んでいく。
もちろん取材内容によってはおおいに危険で、親戚にも止められているみたいだが、好きでやっているから仕方ない。
冬獅郎くんにもそう教えたが、背中しか見えないこの位置では、普段から微細すぎる彼の反応の程は分からなかった。
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