春爛漫
そろそろ日差しも暖かくなりつつある今日この頃。
梅の花は散り、春はもうすぐそこまで来ていた。
まだ肌に感じる風は心なしか冷気を含んでいる気がするが、それも春の日光の前には気にならない。
来週には咲こうかという桜を間近に見上げながら、私は桜の木の下、お手製弁当を膝の上に広げた。
「オイ、いいご身分だな」
パコン、と頭部に軽い衝撃を感じたのは、まさに自信満々の卵焼きに箸を伸ばした時だった。
振り返れば、そこにいたのは我らが十番隊隊長様で。
眉間にシワを寄せて、普段とは逆に私を見下ろしていた。
「なんですか隊長ー、これから待ちに待った昼食なんですよ」
「夢子、てめえ昨日渡した朝一の書類はどうしたんだよ」
「………………あれ?」
思わぬ指摘に首を傾げると、隊長の眉間に、更に深い溝が幾つも生まれた。
「あれ?じゃねぇ!とっとと戻って仕上げてこい!!」
「すんませーん!! あ、じゃあ隊長、これあげます。カルシウムたっぷりですから隊長向きかと」
まだ手を付けてない弁当を隊長の手にポン、と乗せて、立ち上がり深々と一礼すると隊舎に全力疾走した。
後ろで隊長が何か文句を言ってる声が聞こえたが、まぁ、聞こえない聞こえない。
まだ冷たい春風に背を押されて、私は小さな丘を駆け降りていった。
「……………ゴホッ」
それから私が風邪を引いたのは一週間後の話だった。
まさに桜の開花も素晴らしかろうという頃に、季節はずれの風邪を引くとはどういうことだ私の体。
四番隊の人には自宅で安静を申し付けられて、桜を見に行くことも出来ない。
連日の野外昼食が祟ったのだろうか。
「うー………桜見たかった………」
一人布団の中で毒づいていると、部屋の扉が叩かれた。
「はーい………」
「俺だ、入るぞ」
ガラッと開かれた先には、随分久しぶりに見た気がする隊長の姿。妙に懐かしい気分になる。
どうやらここ最近は現世に行ったり会議に出たりと忙殺されていたらしいと聞いていて、実際あまりの忙しさに逃げだしたのかと思う程とんと姿を見なかった。
まあ………そういう時期だしなぁ、春だもの。
「具合はどうだ」
「山は越えたって感じですかねー…。後五日位休み下さい」
「アホ、たかが風邪に五日も掛かるか。三日で治せ」
「鬼ー!」
はっ、と鼻で笑って、隊長は手にしていた袋を私の枕元に置いた。
「松本からの見舞いだ、苺だとよ」
「一護?」
「イチゴだ!」
「分かってますよー怒鳴らなくても」
「てめえ………」
「で、こっちは…」
額に青筋立てる隊長を受け流し、見覚えのある布に包まれた、もう一つの物に人差し指を向けた。
「…前にお前に貰った弁当の空だ。返す機会がなかったからな」
「あーどうもわざわざ。お口に合いましたか?」
「………まあまあだな」
「……なんすかそれ」
しかし隊長はつれないそぶりでさっさと立ち上がると、わらじを履く。
「まあ早く治せ」
「二回目ですよーそれ」
「お前の机に溜まった書類の山が、もうすぐで三つめだ」
「なっ……!」
「地獄を見たくなかったら、三日以内に治すことだな」
にや、と口角を上げると、隊長は非情にも扉の向こうに消えていった。
仮にも病人に対して、少々冷たくはないか。
ため息をつきつつ、隊長の置き土産に手をのばせば、思っていたのと異なる負荷が右手に掛かった。
空のはずの弁当箱に感じたわずかな重みに、まさか食べ残しをそのままにしているのではと嫌な予感を押さえながら、弁当の包みをほどいた。
そっと手をのばして弁当の蓋に手をかけ、えいやっとばかりに思いきって開いてみれば、
花、花、花
溢れ出さんばかりに顔を出した、桜の花達。
部屋中に広がる桜の匂いに、乗り遅れていた私の元に春が訪れたかのようだ。
「素直じゃないなぁ」
空だと言っておいて。
桜の花を摘む隊長の姿を想像して、思わず口元が緩まる。
色鮮やかな花々を撒き散らし、しばらく風邪の辛いのも忘れて、苺で花見をすることにした。
(なんて、贅沢)
。.。.。.。.。.。.。
173000hit踏んで下さいました、ひろ様へ。
夕暮れ的ほのぼのというお題をいただきながら、時期外れな春爛漫でスミマセ………(´Д`)←
こんなでよろしければ、どうぞ引き取ってやって下さいマセ。
090205
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