ガラス玉の記憶



「朝ご飯の時間だから、千春ちゃん皆を呼んで来てくれる?」

「はぁい」



裸足で黒光りする板張りの廊下を、小さな少女が走り去った。

既に幾人かの子供達は、食堂に集まりはじめていた。
呼ばずに来るのはいつものメンバー。呼んでも来ないのもいつも同じメンバーだ。



食堂に来ていない、お寝坊さんの部屋を片端から回りながら、千春は最後の奥の部屋の扉を開けた。



他のどの部屋より殺風景なそこは、たった一組の布団も既に空で、人の気配もありはしない。


千春はぞんざいに狭い室内を見回すと、ばたばたと食堂に戻って行った。



「葛畑先生、日番谷くんだけまたいないよ」

「そうか…またか。分かった、ありがとうね、千春ちゃん」



エプロンをした、中肉中背のまだ若い男が困ったように眉根を寄せ、ため息をついた。

それから自分の腰程にある千春の頭を撫で、



「千春ちゃんも席に着いておいで」



素直に長テーブルの一つに向かって走り去った少女を見送ってから、厨房へと足を向ける。

そこにいたこの孤児院の院長を目にとめ、彼女と目が合うと苦笑をもらした。



「また、ですか」



こちらは複雑な表情をしたままの院長が、葛畑の元に歩み寄って尋ねた。



「もう学校に行ってしまったようですね」

「朝食も取らずに…。健康診断で栄養失調になりかけていると判断されたと、本人にも話したのにどうやら自覚がないようね」

「それほど人に馴染めないんでしょうね」



どこかあっけらかんと言ってみせた葛畑に、また院長はため息をついた。



「とりあえず、僕がその辺見て来ますね。まだ学校には早すぎますし、探せばいるかもしれないので」



葛畑はそこにあったサンドイッチを手に取ると、ラップに包んで足早に厨房を後にして行った。

















雲が空を疾っている。



公園のブランコを揺らすこともなく腰掛け、雲と同じ色の髪を持つ少年は、焦点の合わない瞳を空に放っていた。



ゆっくりなようで確実に流れ去るそれらが、様々に形を変え、色を変えしていた様子を、彼はかなり長い間、そこでそうして見ていた。



退屈、や空虚、などという言葉は彼の中にはなかった。

むしろ今までに感じすぎて、慢性化してしまったのかもしれない。





「ああ、やっと見つけた」





誰もいない朝の公園で発せられた声は、確かに白髪の少年に向けられていた。

けれど彼は声を返しもしなければ、何かしらの反応を示すこともなかった。



声をかけた葛畑は、苦笑とも失笑ともとりがたい笑みを浮かべると、日番谷の前まで歩を進めた。




「また脱走かい」




返る反応はない。

葛畑は別段、期待していた様子もなかったが、それでも不機嫌そうな顔になった。



「まぁ僕は君があのホームにちゃんと帰ってきて、本当の意味で逃げさえしなければ多少は構わないと思うさ」



その声には親身な色などまるでなく。

ほら、と葛畑は日番谷の膝にラップ包みのサンドイッチを放った。

それでも微動だにしない日番谷に、葛畑は小さく唇の端を歪めた。



「……食べろよ。デカくならないだけならともかく、健康障害でも起こされたら困る」



日番谷の視線は、空に縫いとめられたまま。
それでも、その翡翠の瞳はただただガラス玉のように、青と白を映しているだけだった。


葛畑は一つ鼻を鳴らし、大きな動きで日番谷の顎を掴んだが……



彼のジーンズから携帯の着信メロディが流れ、いらだたしげに葛畑は、手を日番谷の顎からポケットへと動かした。



「もしもし」



電話に出た葛畑は、横目で日番谷を見たまま、単調な調子で返事をしていたが、やがて電話を切ると、舌打ちして携帯をしまった。



「帰り、寄り道しないでホームに戻れよ」



わずかにも真心などこもっていない言葉を投げるようにかけ、葛畑は大股で公園を歩き去った。





それからしばらく、日番谷はまるで誰もいなかったかのようにただ空を眺め続け、ようやくブランコから立ち上がった時には、膝に乗っていたサンドイッチを公園のゴミ箱に投げ捨てて、その場を離れた。





身を晒した肌寒い空気にも、すれ違う人達も全て、日番谷の壁一つ隔てた外を行き過ぎる。


壁の中には、既に日番谷という存在すら消えかけて、ただの抜け殻となりつつあった。

















「あ、もしかして嫌いだった?」


はっと我に返って視線を上げれば、目の前には義姉の顔。

彼自身の前には、白いプレートの上にハムサンドエッグのサンドイッチが乗っていた。



同じ物がテーブルの反対側にもあったが、それはもう半分無くなっている。


食事をはじめてから、サンドイッチを手に取らない日番谷を、当然彼女は心配するだろう。




嫌いと聞かれた問いに、ふるふると日番谷は首を横に振ってサンドイッチを口元に運んだ。


ふと彼女を見れば、軽く微笑んで食事を再開する。





「さぁ、今日も学校ですよー、頑張って下さい」



後ろから気合いを入れるように肩を叩かれ、日番谷は顔を上向ける。



翡翠の瞳に映るのは、空でも雲でもなく、邪気なく笑う、彼女の顔。



返事をするように日番谷は肩に乗った彼女の指先に躊躇いがちに手をのばす。

その暖かい指先をそっと小さく握り、軽く頭を振って昔の幻影を振り払った。





あの頃が空虚であったと今になって知れるのはきっと、今自分の中に満たされるものがあるから。
















。.。.。.。.。.。.。.。.。.


2000hit踏んで下さいました、如月あげは様リク、日番谷連載番外編ということで。


軽くシロの過去になぞ触れてみましたが、結局触れたというほどでもなく、まして甘くも萌えも……(;¬_¬)



こんな駄文で申し訳ありません、如月様、書き直しはいつでも受け付けさせていただきます(((;^ ^)


最近は拍手やアンケにもご協力して下さる方が増えまして、感激の管理人です(>艸<*)

皆様のご期待に応えられるよう、精一杯頑張らせていただきます…!


管理人、今日は友人(ヲタ友)の家に泊まってます。
昨日、完徹してFF7の映画みたりしてました。
………戦闘シーンに惚れた。



08.1.14


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