夏の夜の



周囲はがやついていて、やかましいとまではいかないまでも、落ち着いた空気などはまるでない。


壁一枚を隔ててさえそうなのだから、隣の広間はさぞかし騒がしいのであろう。




古い大きな窓の前の段差に膝を抱え込んで座り、顔を埋めてこちらを見ようともしない少年を横目で一瞥して、女性はため息をついた。



「いい子でしょう?うちの娘は、もう自分の子供とは思えない位よく出来た子で。ホント、私が産んだんで合ってるのよね?」



細身で生き生きとした瞳が印象的なスーツの女性が隣の男性に確認を取り、苦笑を返されている。

そんなやり取りに我に返った初老間近の女性は、はっとして窓際の少年からブラウン管のテレビへと意識を戻した。



そこに映るのは一人の女子高生で、目の前の夫婦の一人娘だった。

一見して落ち着いた空気を持っている彼女は、穏やかな笑顔を浮かべていた。
取り立てて美人ではないが、素朴で優しそうな感じがして、大人から見て好感が持てる。




「冬獅郎くん、あなたのお姉さんになるかもしれない人よ、こっちに来て一緒に見ない?」




この孤児院の院長である女性がそう声をかけたが、いつものように、白髪を頂く彼が反応を見せることはなかった。


ここずっと、彼にはこの状況が続いている。

ここに来た当初は、首を振るなり短い返事をするなりの意志表示位はしたものを、今となっては人形も同然の有様だった。



日々薄れていく彼の人間らしさに憂いを抱きながら、院長は視線を夫婦に戻し、会話を再開した。







声がする。
壁の向こうから、部屋の中から、テレビの中から…。


騒々しく、煩わしく、柔らかい声が。





不意に持ち上げられた翡翠色の瞳が、ガラス面の向こうの笑顔をとらえた。

電子の光に照らし出された彼女は、手に乗せた何かをこちらに見せ、口を動かして話しかけている。


『……、…よね、ううん、好き』

ゆるやかに言葉がつむがれる口。
じっとそれを見つめた。





…………す、き…





動かされた彼の薄い唇はすぐに閉じられ、少年はまた顔を膝に埋めた。



















目を開けたそこは、暗闇で何も見えなかった。

それが顔の前の障害のためだと気付くのに一拍かかり、それから彼は顔を上げた。



小さく聞こえる寝息に、目の前の彼女はまだ夢の中であることが知れ、少し視線を外に投げれば、まだ夜中であるのが分かった。



足元で扇風機の回る音がする。



冬獅郎は自分を抱き寄せる力の抜けた腕を見やり、その腕の主にまた視線を戻した。


穏やかな顔は、寝顔といえどあの時見たブラウン管の向こうの顔と同じ。



この腕の中にいることに、不意に焦燥感が湧いた。



なんの、保証もないのだと。

明日の朝には、彼女と全く関わりのなくなることだって、血の繋がりもなく、まして深いとは言い難い彼女といた時間と関係を思えば有り得るということに、奇妙な現実味があった。



なんの拘束力がこの二人の間にあるというのか。

一歩違えば、この腕の中には今、違う子供がいたのだろう。







彼は手をのばし、彼女の頬に触れた。

指先を乗せる程度のそれは、今の彼の心境や状況の頼りなさを、如実にあらわしていた。







それでも、ここにいるのは他の誰でもない。









彼が小さく握ったシャツに呼応するように緩く引き寄せられた腕に甘んじ、彼女の鎖骨に顔を押し付け。


彼女が起きていたら驚いたであろうほどに、その時ばかりは心身ともにすがりついた。






明日になれば、またいつ一人になっても大丈夫な心積もりは持ち直すからと。



瞼をきつく閉じ、暖かな柔肌に震える吐息をはいた。















。.。.。.。.。.。.。.。.


ところで最近涙腺がおかしいんですけどね。前は全く泣かない人だったのに、ガチでマンガで泣けるんです。

今回、これ書いてて急に泣きたくなった……←




ハィ、1000hit踏んで下さいました、琴音様リク、日番谷連載番外編でございます。


日常連載の番外編てどういうものかとっさに浮かばず………そうだ、シロ視点で書いてやろう!と思いつくも、本編の流れはムシれないので、一人称文体は避けさせていただきました(-.-;)

甘くなくてごめんなさい(┰_┰)

せめて萌えられるようにとは目指してみたのですが………苦情は琴音様に限り、受け付けさせていただきます!


いつでも書き直しますので遠慮なさらずお申し付け下さいませ(___;)




08.1.7


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