不安


「ねぇ、ツナ。隼人知らない?」

「えっ?いないの?」



お昼休み、校内を一周した夢子は、困ったように柳眉を寄せて、次の授業の用意をしていたツナの机の前に立った。



「実は二時間目の休み時間から探してるんだけど、見当たらないの」

「うーん、俺もその位から見てないかなぁ」

「鞄はあるから、帰ってはいないと思うんだけど…」



ちらり、と後ろを振り返って、夢子は獄寺の机を見た。



「屋上で煙草でも吸ってるのかな?」

「ううん、今見てきたけどいなかった」

「そうなの?他に行きそうな場所なんて思いつかないけどなぁ」



夢子と同じように、ツナも眉をひそめる。

二人して小首を傾げていると、教室の扉が少し大きな音を立てて開き、何事かと入口をかえりみた。



「山本、に獄寺くん!?ど、どうしたの!?」

「いやぁ、さっき保健室の前で拾ったんだ!まともに歩けねぇみたいなんだよ」

「歩けないって……」



獄寺は山本の肩を借り、右腕を回してほとんど寄り掛かっている。
普段なら本人が死んでも嫌がるだろうに、獄寺は頭をたれて意識があるのかどうかも定かではない。



「怪我でもしたの!?」

「いんや、そういうわけじゃなくて……」



ツナの問いに山本がそこまで答えた時、不意にまるで反応のなかった獄寺が首をもたげた。

上がった顔はどこか眠そうで、いつもならある眉間のシワも、眼くれた目つきもない。


おかげで微塵も険悪さのない獄寺の顔は、いつもの数倍綺麗で艶っぽかった。



うん? 艶っぽい……?



「うわっ、これって酒の匂い!?」

「あぁ、どうにもシャマルに飲まされたみたいだな」

「未成年に何してくれてんだよ、あの人はー!!」



まぁ、対象物は未成年なのに堂々と煙草を吸ってますけどね。

はぁ、とため息をついた夢子に、弱り切った顔のツナが振り返った。



「獄寺くんって、お酒弱いの?」

「そんなことないと思うけど…。小さい頃、ワイン位ならパーティーとかで口にしたりしてたし」



別に好きで飲んでたわけでもないみたいだけど、と付け足して、



「実家にいた時の隼人しか知らないけど、ちょっと飲んだ位で酔うとは思えないわ」

「山田は幼なじみだもんな!だったらそうなんだろ。多分飲まされた量が半端なかったんじゃねぇかな」



がっくりと頭を下げたツナとは反対に、ふらつきながらも自分の力で立った獄寺は山本から離れて夢子の前まで歩いてきた。



「ちょ、ちょっと大丈夫?」



よろめいた獄寺を支え、間近に香ったアルコールに呻いた。

あの医者め、一体何を飲ませたのか。シャマルはワイン好きのはずだし、獄寺はワイン程度で酔わないだろう。

匂いと獄寺の様子からして、ウィスキー辺りを間違いなくひっかけてそうだ。



「……、……Perch」

「え?」



響くような低い声に聞き返すと、近くの机に片手をついてまえかがみになっていた獄寺と目があった。


体勢のせいで、今は獄寺の方が下に顔がある。



「Perch?」



錯覚かもしれないが、少し潤んだように見える獄寺の眼。

発せられる言葉がイタリア語だと気付いて、ようやく彼が口にする単語の意味が理解できた。



「どうしてって……何が?」



優しく問い返すと、獄寺の口から自嘲じみた笑いと、その後には苛立った舌打ちと、滑らかなイタリア語がまた流れる。



「ah……、oddio,diamine…….C'ancora alcolico?」

「な、やめてよ」

「なぁ山田、獄寺のやつなんて言ってんだ?」



不思議そうな山本に、ツナやクラスメイト達も同じように夢子を見ていた。

まあ、いつになく雰囲気の違う獄寺に眼を奪われたままの女子もいるが。



「いや、何を意図して言ってるか分かんないんだけど、どうしてとか、くそっとか、しまいにはお酒もっとあるかだって」

「なんだ、やけ酒か?」

「Yumeko……」



獄寺の手が夢子の肩にかかり、彼の眉根が寄せられた。
それはいつものような不機嫌そうなそれではなく、あまりに切なそうな表情だったので、思わず夢子は口をつぐんだ。

しかし本当に驚くのはそれからだった。







ゆっくり体を起こしたかと思うと、獄寺は夢子の首に腕を絡み付かせ、頬に熱を持った唇を寄せた。



「は、はぁぁあ〜っ!?」

「なっ、獄寺くん!?」

「あははっ、獄寺って酔うとキス魔になるタイプか〜?」



驚いて眼を見張った夢子は、自分の肩口に顔を埋めている獄寺を見下ろした。

きゅうっと絡んだ腕と拗ねたような様子から、キス魔というより泣き上戸に類するものがあるような気がする。


「あのー、獄寺さん?ここはイタリアではございませんが。挨拶にキスもハグもしない国ですよ〜」


言ってみたが、反応なし。むしろ、余計に縋るように体を寄せてくる。

あぁ、なんだか垂れたふさふさで銀色の毛の、犬耳と尻尾が見えてきそうだ。



「情緒不安定ですか、あなた」

「…………」

「はぁ」



ため息をついて、この大きな子供を引きずりながら教室の入口に向かった。



「ごめんねツナ、隼人の酔いさまさせてくるね。次の授業さぼる」

「えっ!?あっ、うん……」



足元覚束ない隼人を支えながら、ツナの上擦った声を背中に教室を出た。


どこか休める場所を求めて廊下を進んでいると、途中で先生に会ったが、何も言われることはなかった。

おおかた、隣に抱えた不良少年の影響だろう。


しかし、この学校の先生は雲雀さんといい、不良に頭の上がらないことだ。



いや、雲雀さんには万人、逆らわない方がいいかと心中で訂正をいれながら、夢子はあいていた音楽室を見つけると、獄寺を伴ってそこに潜り込んだ。


いまいち状況の分かっていなさそうな獄寺が、珍しいものでも見るかのように視線を巡らせた。

そんな彼を横に長いピアノの椅子に座らせ、自分も一緒に腰掛けた。


様子をうかがうように獄寺の顔を覗き込んでみたが、まだ眼はとろんとしている。

視線を落としたまま、横に座った夢子の肩を両腕で抱くと、また頭を夢子に預けてくる。



「隼人?」



擦り寄ってくる獄寺の髪に手を滑らせると、獄寺がその手に手を重ねて自分の頬に寄せた。

随分な甘えたぶりだ。



あいている片手でピアノの蓋を開け、夢子は鍵盤を人差し指でポーンと鳴らした。

獄寺は鍵盤が順に沈み込んでいくのを眺めていたが、やがて肩に回してた手で夢子の手を追うように鍵盤をはじいた。



「隼人、弾いてみて」

「……もう忘れてる」

「それでもいいから」

「……………」



名残惜しそうに夢子の手から手を離すと、両手を鍵盤の上にのせ、獄寺は節ばった長い指を動かしはじめた。

流れるメロディは、懐かしい曲だった。

題名は知らない。作者も知らない。でもとても耳に馴染んだ曲。



隼人が家を出て、夢子がこの学校に転校して再会を果たすまで、多分一度も聞いてなかった。




ところどころつまずきながら奏でていた獄寺は、リズムが狂ったところで手を止めてしまった。


どうやらまだ酔いが抜けてないらしい。

拗ねたようにまた夢子に擦り寄る獄寺には、また耳と尻尾が見えていた。






「………悪かった」

「何が?」

「―――勝手に家出して、何年も行方くらませて…」

「あぁ、結構傷ついたよね」



あ、沈んだ。

ぎゅっと抱き着いてきた獄寺の耳と尻尾は、これ以上ないくらいに垂れ下がりきってしまっている。



「これからは、傍にいてくれるんでしょ?」



そう問うと、獄寺の顔が上がった。
瞠目している。


それから泣きそうに、ふっと眉端が下がった。



「………ti amo.Yumeko(愛してる)」

「……………酔った勢い?」



あまりに驚きすぎて、かわいくないことを言ってしまった。

すると、いつもより赤く染まった唇が近づいてきて、そっと今度は夢子の同じ場所に重なった。



「……最初から正気だ」



ただ、シャマルと昔話をして、酒を飲まされたら弱気になった、と言った獄寺の声が遠くに聞こえた。


それに反して、獄寺の瞳は異常に近い場所に留まったまま。



「情緒不安定じゃなくて、自暴自棄、になってた、だけで……」



アルコールが抜けてきたのか、だんだん小さくなる声と、獄寺の顔に見る間に浮かぶ羞恥心。



「何年ぶりに出会っても、笑って幼なじみだと言ってくれたのは嬉しかった。だが今はもう物足りなくて……」

「―――隼人」

「あ…?」



紅潮しきった顔を見られないように獄寺の肩に顔を埋め返して、



「大好き」



呟いた。


獄寺の腕が背中に回るのを感じて、泣きそうになりながら彼の胸に顔を押し付けた。

















.。.。.。.。.。

ハィ、200hit踏んで下さいました、鳳凜様に捧げます…が。


もうすんません、なんか支離滅裂奇々怪々な夢で…ついでに獄はニセやしorz

当初の予定とずいぶん違う道を辿りました夢です。登山なら遭難してますね。というかある意味この夢も遭難してますよねー。


ついでにイタリア語は多分に、間違ってるんじゃないかと……


鳳凜様のみ、苦情受け付けさせていただきます(;___)


07.12.18


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