「隊長!」



はっ、と我に返ると、目の前に立っていたのは夢子ではなく、乱菊だった。

真剣な顔で、日番谷の両肩を掴んでいた。



「隊長、大丈夫ですか?」

「―――ああ」



端的に答えると、顔を上げる。

松本副隊長の肩越しに収縮していく白い靄を見て、日番谷は乱菊を押しのけた。



「おい、戻れ!!」



白い靄は間違いなく夢子の斬魄刀で、縮んでいくのは彼女の創り出す亜空間に違いなかった。


夢子は、まだあの中にいる。

しかし、例え自身の斬魄刀といえど、亜空間が完全に閉じれば彼女は空間に押し潰される。

それを斬魄刀の主である本人が、分かっていないはずがない。



10m四方にまで縮んだ靄の中に向かって日番谷は怒声を上げ、虚退治の応援に来た隊員達の制止を振り払って、靄の中に飛び込んだ。













靄の中は、既にまともな亜空間を形成していなかった。

意志を持った雲にまとわりつかれるかのように、動きにくい中で無理矢理日番谷は進んでいく。


靄が縮む程に体に圧力がかかり、動けなくなっていく。



「76地区の人間を見捨てた訳じゃない、あの時手前の地区であの虚は退治されるはずだった!!」



進みながら、日番谷は声を上げる。返る声はなかったが、構わず日番谷は続けた。



「既に罠も張られていて、そこで最終決戦になるはずだった。死神は霊圧を消して虚を待ち、後は虚誘い込まれるのを待つだけだったが」


しかし、確実に罠に引き寄せられていたはずの虚が、進行方向を変えた。

それこそ、誘い込まれるようにして。




そこまで言って、日番谷は言葉を止めて唇を噛んだ。





進路を変えた虚を追った先で、子供が惨殺されていた。

日番谷が間に割入ったときには、少女一人しか残されていなかった。



その少女からは、霊圧が感じられた。







虚は、彼女の霊圧に引き寄せられたのだった。

無力で、霊圧のある魂魄。
虚にとって、何よりの餌だ。








おそらくあの幻想の途切れたのは、その先を夢子はまともに覚えていない。



霊力があるから死神になるよう、彼女に進言したのは日番谷だった。

仲間を失った彼女が、76地区で一人、生きていける訳もなく、まともな暮らしが出来る唯一の手段。



虚が霊力のある魂魄を好むことを、その時日番谷は伝えなかった。





伝えなければ、恨まれるかもしれないことは、百も承知だった。

それでも誰かのせいに出来るなら、その方が楽だと、思ったのに。





「――――山田」



彼女はずっと、苦しんでいた。



靄の中に埋もれていた彼女の手を引くと、首まで流れた涙を拭った。



「すまなかった」












分かっていた。



中央霊術院を出て、仇を果たす為に十三隊に入って、思いがけず十番隊に入隊した時から。

日番谷が人を分け隔てしたりする人でないことも、裏表などないことも。



優しい人なのだと、気付きたくなかった。
本当は他の隊員と同じように慕えたら、どれほど楽だろうかと。





けれど、瞼の裏に焼き付いた、あの惨状がそれを許さない。

あるいは斬魄刀の能力が違っていたら、こんなに呪わずにすんだのかもしれないと。



ずっと感じていたジレンマはそれこそが原因だったのに、その苦痛すら憎しみに変えた。







「―――殺して下さい、日番谷隊長」



薄く瞼を持ち上げて、夢子が呟いた。



「あの時、仲間と一緒に死ねればよかった」



貴方を恨み続けたまま、死ねたのに。



「資料、読みました。罠を張っていたことも知りました。でも私は―――」

「死ぬならあの時にしろ。お前はあの時、76地区あの岩場で死んだんだ」



腕を引き、靄に埋もれる彼女を抱えた。



「それでもまだ腹立たしいなら、俺を恨め。どうあろうが、俺はお前を連れ帰る」



誰がかなしくて、命を見捨てたいなんて思うものか―――。



夢枕を介して、日番谷の身の内の声が流れ込む。



死なせてたまるか。












ああ、だから嫌だったんだ。



貴方はこんなに真っ直ぐで、暖かいから。

冷たい過去のままであればよかったのに。



「本当にひどい人だ……」





日番谷の胸に顔を押し付けられたまま、夢子は呟いた。





「霜天に坐せ氷輪丸!」





薄く開いた目を横に向ければ、靄を吹き飛ばして、現世の青い空に氷の華が咲いていた。


















夢子が目を開けた時、まだそこは真っ白で、途中から夢を見ていたのかと思った。


けれど焦点が合えば、その白さはベッドを囲むカーテンと天井で、夢子は四番隊の救護室に寝かされているだけだった。



重い頭を引き起こせば、看護師と目が合って会釈される。


戸惑っていると相手はカーテンの向こうに消えて、カーテンには人影が映った。


話し声から、それが卯ノ花隊長と日番谷隊長であることが分かり、夢子はぼんやりと罰せられるのかと思った。





けれど、不意にカーテンが持ち上がって顔をのぞかせたのは松本副隊長で、彼女は相変わらずフレンドリーな様子だった。



「あんたも無茶したわね。体は大丈夫?」

「はい……あの、私は一体…?」

「虚なら退治されたわよ。よく頑張ったわね。でも自分の斬魄刀の能力に飲み込まれるなんて、あんたもマヌケね」



盛大なウインクを浴びせられ、頭をくしゃくしゃと撫でられて完全に訳の分からない夢子。

抗議するように、立て掛けられた夢枕が小さく鳴った。



「松本、てめえは早く戻って書類だろうが」

「やーん、隊長のイケズ〜。かわいい隊員のお見舞いして何が悪いっていうんですかー」

「てめえのそれはサボりっつーんだよ!」



カーテンの向こうから現れた日番谷隊長に夢子は身を固くするが、目の前で繰り広げられるのはいつもの十番隊の光景。


追い立てられた松本副隊長は、カーテンの向こうに消えかかって夢子を振り返った。



「あ、そうだわ、任務前に言ってた謎掛けだけどね」

「はい?」

「雪が溶けたら、春になるのよ」



じゃ、お大事に〜、と言って立ち去る松本副隊長。


窓の外を見れば、任務に出る前は積もっていた雪が消えかかっていた。





雪が溶けて、



私の氷も、溶けたんだろうか―





「日番谷隊長……一体私の処分はどういうことになってるんです?」

「………お前は現世に取り残されたあげく、自分の斬魄刀の力に潰されそうになった、ドジくさい隊員ってことになってるよ」

「………最悪じゃないですか」



言ったら、日番谷隊長は鼻で笑ったようだった。


しばらく沈黙が流れて、再び彼が独り言のように口を開いた。



「お前に恨まれていたのは知っていた」



唐突な告白に、夢子は目を見開いて日番隊を見上げた。



「そのために死神になったことも。俺はお前を十番隊に入隊させるよう手を回したが、それ以上近づく勇気はなかった」



日がすぎて、夢子がやつれていくのを見ていられなくなった。



「……隊長は、本当にお人よしですね、殺されそうになったのに」

「平隊員に殺される程、落ちぶれちゃいねーよ」

「本気で恨んだんです」

「そうかよ」



窓を見つめたままの日番谷隊長の横顔は、その白い肌も銀の髪も翡翠の瞳も、光が透き通るように綺麗だった。



「………お人よしで命狙われ続けるほど、俺は優しくはねぇよ」

「え?」

「二度は言うか!」



さっさと体治せ!とズカズカとベッドを離れ、日番谷は救護室を出ていった。



ぽかんとその背を見送って、夢子ははたと額に手をあてた。











雪の白さが姿を消していく窓の外では、春一番が吹いていく。






(雪が溶けたら春になる)

(氷が溶けたら―………)




















。.。.。.。.。.。.。.


はい、ごめんなさい(ぇ
190000万キリリクで、
『ヒロインは冬獅郎をある理由から殺そうとしているんだけど、どうしてもできなくてどうせならもう自分が死んで楽になろうとしたところを冬獅郎が捕まえて愛を囁くと言うような話』
とのことでしたが、

愛………

愛…………(゜Д゜;)??


愛……!!!Σ( ̄□ ̄;




ということで、愛を囁いてません(万死

頑張りましたが、どうにも甘くなりませんでした。

起承転結があるストーリーなだけに、出来るだけ短くしても話が長くなるのはもはやこの管理人の仕様なんですが、展開重視しすぎて、 愛は愛でも仲間愛?と言われても仕方ない作品に………


スミマセ………


多分この話を甘くしようと思ったら、この管理人の場合、同じ位の長さの後日談を書かないと甘くならないです←


シリアスなんで書き方を、いつも読み易さ重視の一人称から第三者視点にしたんですが、めんどくさい文章になりました。

どうにも昔書いてた、ドシリアスなオリジナル小説の癖が抜けません……





ここまで読んで下さった方、ありがとうございました。



090225


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