雪が溶けますれば




色んな意味で捏造
文章堅め(not一人称)
長文(軽い中編)


。.。.。.。.。.。.。.。.。








「たーいちょ〜!」

「シロちゃんっ」

「お菓子いるか?」





十番隊、日番谷隊長を慕う者は多い。

童神ともいわれる彼には、そう呼ばれるだけの確かな実力があり、人柄は信頼出来る実直な人だ。


いつも無愛想な顔をしている印象があるのに、人気は高く、今も彼の周りには親しげな様子で声を掛ける隊長・副隊長の姿があった。



氷雪系最強の斬魄刀を有し、厳格な性格からいかにも寒々しく思えるが、その実、思慮深く慈愛を持つ人であることは、誰もが知る。




だというのに。
大量の菓子を押し付けられる銀髪の彼を、彼女、夢子はただ一人、凍り付いた眼差しで見据えていた。













雪が溶けますれば












日番谷冬獅郎というのは、美しい人だと思う。心身ともに。
しかしそれは彼女に、一切関わりのないことだった。



いくら人に慕われていても、

いくら強さを兼ね備えていても、



日番谷隊長という人は、彼女の中で人ではなかった。



(彼は、人を犠牲に出来る人だ)



闇夜の中で、薄く目を開いた彼女は心の中で呟いた。

彼の人柄も、その恐ろしいまでの強さも、その恩恵にあずかれるのは、限られた者だけだ。



闇夜に座する彼女の手には、抜き身の斬魄刀が握られていた。

夜陰に差す、わずかな月明かりに、銀の刃が光を返した。



あの隊長と同じ、その刃の色さえ疎ましい。



平隊員の狭い私室の真ん中で、彼女は顔を苦悶の表情に歪めた。

そう、疎ましい……

恨めしい。



何もかも。
彼が立つその地位は、一体どれだけの屍が支えているのか。
一体、何を犠牲にして。

彼はあの羽織りを着るに相応しいか?

今まで彼が流した血の、全てが染み込めばいいのだ。
そうして血に混じる、全ての鉄を纏い、その重みを知ればいいのに。



どうして、どうして……。

日々を安寧に過ごす、あの男が、とてつもなく憎らしい―――。


















「………大丈夫?」

「は、い?」



夢子が書類から頭を上げると、そこにいたのは松本副隊長だった。

仕事をサボる副隊長が隊舎にいるのも珍しいと、夢子がぼんやり見上げていると、松本副隊長は邪魔そうな位に豊満な胸の前で腕を組んだ。



「あんた、この世の終わりみたいな顔してるからさ。なぁに、冬の寒さにでもやられた?」

「いえ、そんなことは………」

「そう? あっ、そうそう、さっき京楽隊長のトコで聞いて来たんだけどね。雪が溶けたら何になると思う?」

「松本ォオーーっ!!!」



嬉々として尋ねてきた松本副隊長に、突如、遠方から怒声が向けられた。

夢子が肩を揺らし、視線を向ければ、肩をいからせてこちらに向かってくる日番谷隊長の姿があった。


夢子の表情が、引き締まる。
それはただ、隊長という上司を前にしてのことなのか、それ以外の理由からなのか、周囲に悟らせる程の違和感は見せなかった。



「テメエ、いい加減書類片付けやがれ! 外の雪より大量に積もってんだぞ!」

「あら隊長、上手いこと言いますね。俳句で言うところの季語ってヤツですか?」

「お、ま、え、は………!!」

「やーん、怒んないで下さ〜い」

「俺が帰ってくるまでに、書類仕上げて俺の机に上げとけ!いいな!」

「えーっ、隊長どこ行くんですかー!?」

「現世任務だっ!」



苛立ちも露に、日番谷隊長は盛大にため息をつくと、そこでようやく夢子に目を向けた。

夢子の膝の上に乗せられた掌が、微かに握りこぶしを作る。



「ちょうどいい、お前も来い」

「え―――」

「手が足りねえんだ。早くしろ」



それだけ言うと、日番谷隊長はさっさと踵を返し、他の幾人かの隊員にも声を掛けて隊舎を出ていく。


唸るような声を上げながら執務室に戻っていく松本副隊長の姿などろくに目に入らず、夢子は激しく鼓動を打ち鳴らす心臓を死覇装の上からおさえつけた。



好機、だ。

そう、ただの平隊員でしかない夢子にとって、これ以上ない好機。

まともに関わることすら出来なかった“隊長”に、これ以上近づけることはない。

まして、場所は隊長は霊力が限定される現世。



こんな好機はない。

ない、のだ。





夢子の手は震えていた。

それを武者震いと言い聞かせ、足に力をこめ、斬魄刀をにぎりしめて席から立ち上がった。

















現世に下り、虚が出ると言われた場所を僅かにずらして虚は現れた。


出たのは数えるのも面倒な程の虚の群れで、日番谷隊長に率いられた隊員はそれを目にして額に脂汗を滲ませた。


ただ一人、静かに虚を見据えていた日番谷隊長は、しばらくして眉間にシワを刻み、斬魄刀を背中から引き抜いた。



「臆すな、どいつもこいつも雑魚しかいねぇ」



淡泊なまでに吐き出された台詞を証明するように、一瞬、隊員達の目の前から姿を消した日番谷隊長は、始解するまでもなく、虚を数体斬り伏せていた。

おぞましいまでの虚の叫び声が辺りに響き渡る。


それに呼応するように、周囲の虚が次々に声を上げ、その大合唱は体の芯を不快に揺らすものだった。


その身の毛もよだつ光景をはねのけるように、死神が次々に斬魄刀を抜きさって構え、己に喝を入れるようにそれぞれの始解を声高に唱えた。










数多の虚は、日番谷が言ったように小物揃いであった。
まともに喋ることもままならない、霊術院の生徒が実習で相手にするような虚ばかり。


大量に現れて結託でもしているのかと思えば、そうでもない。



走り回るような激しい戦闘になりはしたが、数に比例しない短時間で虚の全ては姿を消した。









隊長に始解すらさせられなかったこんな小物ばかりの戦闘で、日番谷を殺める隙などあるはずもない。

まして下位とはいえ、席官までいるというのに、夢子が手出し出来る状況には程遠かった。



ジレンマに、夢子は強く唇を噛む。


日番谷を殺める為だけに鍛えた夢子の斬魄刀の技は、対象を一人に制限される。
ほとんど霊力も消費していない隊長を、他の隊員もいる中で事に及べる訳もない。



しかし、夢子の体の中の焦れた感覚は、そんなものが起因ではなかった。



これ以上ない好機なのに。
次の好機など訪れるかも分からないのに。

身に焼け付くような悔しさを感じてもいいはずなのに、諦めのついているこの心が疎ましい。恨めしい。



日番谷冬獅郎、私はお前を一刻でも早く葬りたいのだ。
一刻でも早く悪夢を見せたいのだ、あの悪夢を!



ぶわっ、と夢子の血の気が沸いた。

そう、見せてやりたい。悪夢だ。あの日の悪夢。
思い出させたいのだ、あの光景を!あの憎むべき日番谷の選択を!!



恨みと憎しみが泉ねように沸き上がり、夢子の中に満ちみちた。

諦められない。今すぐにでも思い出させたい。


このまままた、穏やかな日をコイツに過ごさせるなんて許せるものか!!





夢子の思考が駆け上がるようにそこまで達した時、席官の持つ探知器がけたたましい音をたてて反応を示した。



「虚です!」



席官が叫ぶと同時に、のしかかるような重みが全身をおさえつけた。



『匂いだ………旨そうな、旨そうな匂いが………………。お前だな?』



キリキリキリ、と妙な音がした。

体がぞわぞわとする気味の悪い声の先を追うと、頭上高くに一体の虚が、首を傾げ、獣のような格好で空中に座っていた。


巨体を膨らませ、食い入るように虚は日番谷隊長を見つめていた。



一瞬、時が空白を作ったような感覚がした。



「戻れ」



低く響く声が、少し離れた場所に立つ小さな背中から発せられた。


「尸魂界に戻れ。狙いは俺だ」



そう言い捨て、日番谷隊長は他の隊員から離れ、ゆっくり距離を広げていく。
頭上の虚はぐるりと首だけをねじまげて、彼を目で捉えて追った。



完全に虚が反対を向いた時、地獄蝶を従えた席官が、斬魄刀を持ち上げた。



「――――解錠」



唱えるというよりは、“言う”ようにそう口にした席官は、開いた通路に足を踏み入れる。


力が及ばない者がいても邪魔なだけ。


誰もが分かっているから、誰一人、抗うことなく席官に続いた。

一触即発の空気に振り返ることもできず、次々に隊員が消えていく。



現世に残ったのは日番谷だけ、のはずだった。





辺りを占めるのは虚と日番谷の霊圧のみ。

しかし、夢子が霊圧を消して塀の影に身を隠していた。



全てはこの憎しみのため。
彼に思い知らせるまでは。





冷汗を流し、空を見上げれば、まさに日番谷が卍解をしたところだった。










天に咲く氷の華。


辺りを支配する霊圧に、圧倒的なまでの爆発的な霊力。
凄まじい技の強大さ。


規格外れの桁違い。



これだけの力があるのに。
これだけ強いのに。



あの時、私を残して奪われた命達を、どうして救えなかったというのだろうか。





空で爆発するようにぶつかり合う力と力の下で、夢子は顔を両手で覆って、押し込めたような鳴咽をもらした。








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