7.




「………」

「………」

「…………………」

「…………………」

「……………………、なんだ」

「えっ?」



ベッドの上でシドニィ・シェルダンの『遺産』を読んでいたティエリアが、多分耐え兼ねたんだろう、しばらく文章を目で辿った後、うんざりしたようにこちらに視線を上げてきた。

わざとらしく聞き返した私に、じとっとした赤い目がとらえたまま離れない。


うん、降参。



「ティエリアくんはさあ…………桜は好き?」

「?…別に」

「よし、じゃあ花見行こうか」

「行きたいなら普通に言え」

「花見に行きたいです」

「……………」



冷たい。ティエリアくんの私を見る目が冷たい。
なんだコイツって顔で私を見ていた。



「…勝手に行けばいい。なぜ僕に言う」

「だって………ここ、さくら棟だから」

「それがなんだ」

「知らないの?ここの病院の桜の名所。この入院棟だって、その名所の真横だからさくら棟って言うのに!…っていうのは、さっき看護婦さんから聞きました」



だけど!と身を乗り出すと、彼は顔をしかめる。けれども気にしない。



「以前に一般の人が集まってドンチャン騒ぎしまくったらしくて、立ち入り制限されちゃったわけですよ」



用心深く説明すれば、彼はため息をついた。

ため息ばっかりついて、幸せ逃げまくったって知らないよ。



「で、入院患者の僕を使おうという魂胆か。さしずめこれは袖の下というわけか?」



コツコツと人差し指で、膝の上に乗せた本を叩く。



「いやですわ、賄賂だなんて。それはほんの心付」

「同じだろう」

「分かった、お代官様。今度シドニィ・シェルダンの『女医』も借りて来ます。女医が三人も出て来るのよ、なんてお買い得!ムラムラするでしょ?」

「賄賂なんだな?」

「はい」



丸め込もうと思ったのに無理だったよ。

よく考えたら、ここ病院じゃないか。
女医もいれば、ピチピチの看護師さんもより取り見取り。
しまった、『女医』じゃなくて別の本にするべきだったか………



「………シドニィ・シェルダン以外にしてくれ」

「えっ?」

「同じ作家の推理物ばかり続けて読むと、傾向が掴めてきて面白くない」



フイ、と視線をそらして読書を再開するティエリアくん。


それは………つまり。



「裏取引成立!?」



がばっと腰掛けていたベッドから立ち上がって確認するも、相手は無反応。

愛想ねえなぁおい。……元からか。



「よし、行こう!すぐ行こう今行こう!!」

「な、今から!?」

「善は急げ!嫌って言っても強制連行ですよ!」



目を見開くティエリアくんにお構いなく、景気よく布団をめくりあげて彼を抱えるべく腕を回したが、抵抗にあった。

とは言え、下半身がほとんど動かない彼の抵抗など、テニスで鍛えた体にはさほどの障害でもない。
さほどの障害でも………

さほどの…………



「ええい、観念して大人しくせんか!」

「貴様、人の病室に勝手に乗り込んできて、傍若無人にも程があるだろう!」

「だって桜見たいんだもん!」

「だからって…――っ!お前、どこを触ってる!」

「あれ?足の感覚あるのか」

「だから手をのけろ……おいっ!」



そのまま本人達にとってはいたって真剣な攻防が、病院にあるまじき騒がしさで続いたが、結局途中から笑いが込み上げてきてなし崩しになり、もうたまらなくなって腹を抱えながらベッドに倒れ込んだ。



思わず病人のはずのティエリアの上で抱腹絶倒してしまったが、彼も彼で失笑していたのだから、お互い様だと思う。





笑う彼の顔は普段の憎まれ口を叩くクールビューティーの面影などなくて、やっぱり胸がときめくほど綺麗だった。

















。.。.。.。.。.。.。.。

ティエリアの腹の上で抱腹絶倒したi(黙ろうか


車椅子のタイヤ回してるから、多分腕の力はあるんだと思いますティエリアさんは。


くそっ、もうちょいじゃれさせたかったのに、なぜか自重してしまった自分が恨めしい!(終わろうか




090306


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