6.
「五分咲き………」
高校の裏庭の桜が、風に揺れていた。
桜前線の目安にされる、ソメイヨシノがだいぶ花を開かせていた。
桜の見頃は七分咲き。
分かってはいるが、これだけ身近にあるにも関わらず、なんだかんだで毎回見逃している気がする。
少し丘の方に登れば絶景ポイントもあるのに、とそちらに視線を向けて目に入ったのは、学校からでもよく見える、横に広い白亜の建物だった。
丘の中腹にある建物は、まるで野山の花々に囲まれるようにして佇んでいる。
彼は、花見をするだろうか。
少しの間、そうして建物を見上げて私は、あることを思い立ち、帰宅の準備のため廊下を勢いよく逆走した。
「こんちはティエリアくん!」
私は三度目になるその扉を、元気よく開け放つ。
大輪のようなわざとらしい笑顔を張り付かせて、入口に仁王立ちになった。
中にいた看護婦さんと紫の君は、一杯に開け放たれた入口へと、全く同じ動きで視線を寄越した。
空気が固まった気がする。
看護婦さんはティエリア君の基礎体温を測っていたみたいで、ちょうど彼から体温計を受け取っているところだった。
ティエリアは呆れたようにため息をついているし、看護婦さんはぽかーんとしている。
あれ、場違い?
「もう終わりましたので、どうぞ」
「あ、すんません…」
気を使ったように手早く片付けを済ませて病室を後にする看護婦さんに、神妙な顔で頭を下げる。
病室仕様でゆっくり閉まっていくスライド式の大きな扉を、なぜかしっかり最後まで見届けた。
「えーっと…………………少しぶりですね!」
「何の用だ」
ベッドの上で捲くり上げられた袖を直すティエリアくんは、容赦のない物言いで尋ね返した。
こいつ、ツンデレにも程があるぞ!
と思いはしたが、実際彼の場合には、なかなか本気だったりしかねないから、口には出さないでおいた。
この短い期間で悟ったことだが、彼にはなかなかどうして、Sっ気というものが随所で垣間見えるのだ。
ぶるり、と身を震わせ、私は肩に提げたスポーツバッグの中から、五冊の本を引っ張り出した。
そしてそれをさも得意げに、彼の鼻先にずいっと突き付ける。
「シドニィ・シェルダン?」
「そう!有名な推理小説作家!」
「それは分かっている」
「入院の退屈しのぎには推理小説がうってつけだって、『陽のあたる坂道』って本の中でヒロインが言ってた。だから、はい」
そう言うと、ティエリアはまだ少し難しい顔をしたまま本を受け取った。
私が両手じゃないと持てない本を、彼は片手で一掴み。
まさに箸より重い物を持ったことがないというような細い指だが、やはり男性らしく、手は私の何周りも大きいようだった。
「ちなみに借り物だから、二週間で読んでね」
「…学校のものか?」
「いや、市民図書館。学校春休みですから」
パラパラとページをめくっていた彼は、不意に少年らしいきょとんとした顔になって、首を傾けた。
なんだ、そんな顔も出来るのかと、瞬時ドキッとする。
「いつも学校帰りだったんじゃないのか」
彼が白い指先で示したのは、私の学校指定ジャージやスポーツバック。
「ああ、部活があってね。うちのテニス部、結構強豪だよ」
「お前自身はどうなんだ?」
「えっ、あーーーーっと、去年県大会まで行った!…………………鬼みたいに強い三年の先輩と組んだダブルスだけど」
「それは足を引っ張ったんだろう」
「言ってくれるなよ!」
なにこの子、デレツン!?
ボディーブローとか言う前に、見事にアッパーカット決まりましたけど!
一人、ベッドに両手を付いて悶絶する私に、それを気にした様子もなく、ティエリアくんはまた本をめくりはじめる。
「そんなに強い先輩と組ませてもらえるだけ、有望株ということだろ。要するに、勉強させられたんじゃないのか」
「………!」
がばっと顔を上げてティエリアくんを見ると、彼はいつもと変わらぬ様子で本を読み始めていた。
「………デレた」
「なんだ」
「なっ、なんでも!」
(こちらも五分咲き?)
。.。.。.。.。.。.。
結局花見の話はどうしたっていう。
まさかの次回持ち越し。
今日の本はシドニィ・シェルダンと石坂洋次郎の陽のあたる坂道。
後者は新聞小説で、44年前に発刊。
………思ったけど、現時点で持ち出した本、相当ジジ臭いラインナップ\(^O^)/
シドニィ・シェルダンの本は、中学の時読みまくった思い出があります。
進路の、担任の先生との二者面談の時まで持ち込んだ覚えが←
まあ軽い当て付けで持ち込んだんですけど←←
真似しちゃ駄目です\(^O^)/
あ、持ち込んだけど読んでないですよ。
シドニィ・シェルダンは、毎回びっくりするような人が犯人なんですよねー。
作品読む程に、コイツ犯人だろ!って手当たり次第疑って、相当疑心暗鬼になること請け合いですヽ(´▽`)/
090216
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