5.
「痛い………」
ティエリア君の部屋に入って、私の第一声がこれだった。
案の定、彼に迷惑そうな顔を向けられる。
「麻酔何回挿されたと思う!もう数も覚えてないっつーの!」
「言っていることが支離滅裂だ」
「そういう気分なの!」
自覚がある位には相当の気分屋の私は、機嫌が悪いとそのまま場も弁えずに表に出る、厄介なタイプ。
今も、親交のそう深くない彼に向かって、平気で毒づいている。
「見てこれ、頬がパンパン。感覚がないどころか、ギンギンする」
右頬下を摩りながら、私はため息をつく。
ベッドで体を起こしていたティエリア君は、どこか呆れたような顔をして、読みかけの本を閉じた。
と、白い指が伸びてきて、私の頬に触れる。
私がわずかに瞠目したのには気付かれなかったようで、彼の冷たい掌が、患部を覆った。
「言う程腫れてない。麻酔のせいでそんな気がするだけだ」
「えー……」
ティエリア君の足を覆った布団の上に彼の手が戻っていくのを見ながら、でも痛い、と呟いた。
彼はため息をついたきりで、それ以上相手をしてくれなかったが、ふと私は顔を上げると、先程まで彼が読んでいた本の表紙に目が止まる。
「若きヴェルテルの悩み…?」
「知っているのか?」
「え?あ、まぁ……」
知ってるっていうか、読んだのは一度っきりで、正直細かい展開はまるで覚えてない。
ゲーテの名作ではあるが、私の中では印象が薄い。
それでも、なんだか今までで一番反応がいいティエリア君を前にして、そうとは言えない私。
「意外だな、君はあまりこういうものを読まないタイプに見えた」
「ぬ、失礼だな、フィクションなら雑食性の、そこそこ読書好きだぞ」
「ほう…?」
どこか楽しそうに、赤い瞳が細められる。
「古典もか。これはどうだった?」
「………えぇ、結構なお作品だったと」
「…………」
「いやあの、はい。あれじゃないかな、主人公が、悲恋を前に自殺するとかモヤモヤし過ぎて私には向かなかったです。ハイ」
「………ハッピーエンドなだけが物語では」
「分かってます!分かってるけど、悲しいのはテンションも下がるからなかなか手を出しにくいの!」
言葉を途中で遮られて、彼はむっ、と口をつぐんだが、話を区切る気はないらしい。
どうやら、根っからの本の虫と見受けられた。
「ではどんな話なら好む?」
「えっ、あー…ヘミングウェイは読みやすかったよ」
「誰がために鐘は鳴る?」
「ううん、老人と海の方が好き」
「………子供向け」
「そんなこともないだろうよ!」
と、頬の痛いのも忘れて、たいした知識もないのに熱弁をふるえば、ティエリアはどこか楽しそうに私を見ていた。
なんだか、彼に病み付きになる。
。.。.。.。.。.。.
本に関しては、完全に私の趣味です。
誰がために鐘は鳴るは、長いのでとっつきにくいという方は、短編の老人と海をオススメします。
ハッピーエンドって感じでもないですが、少なくとも若きヴェルテルの〜みたいには誰も死にません。
愛しさと切なさと心強さと、って感じですかね(古
あと麻酔を10本位挿されたのも実体験です。
あれは後からめちゃくちゃ痛くて食欲も湧かなくて辛かった……
090208
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