2.
その患者さんは、どうやら倒れる時に強く片手を付いたものの、特別怪我はしなかったようだった。
看護婦さんは転がった車椅子をあたふたと起こし、その患者さんの両脇に手を入れて車椅子に乗せようとしたが、私よりも小柄なその看護婦さんはまだ気が動転しているのか、上手く車椅子に乗せられずにいた。
どうやら足が悪い患者さんの方は、自分で動くことが出来ない。
「やりましょうか?」
誰が見ていても、そう声を掛けずにはいられなかっただろう。
床に座ったままの患者さんは私より背は高そうだが、線も細くて華奢な美人さんだった。
..
私が彼女を持ち上げようと手を伸ばすと、看護婦さんの時と同じように、その人は若干両腕を浮かせる。
が、私はその人の片腕だけを掴むと、自分の肩に回し、そのまま彼女の背中と膝の裏に手を添えた。
えっ?、と呆けたような看護婦さんの顔と、少し目を見開いた患者さんの顔が見えたが、私はそのまま両腕に力を入れた。
「オルァッ!!」
女の子らしからぬと自分でも思う掛け声とともに立ち上がれば、腕の中にはちゃんと美少女が横抱きに抱え上げられている。
線が細いと思っていたが、それなりに体重はあった。
まだびっくりしたままの彼女を、そのまま車椅子にそっと下ろして、私が膝掛けとピンクのカーディガンを拾い上げるまで、二人ともぴったりと固まって動かなかった。
まあ、私も一応自覚はあります。普通、女の子が抱え上げられませんよねー。
「腕っ節には自信があるもんで」
にっこり笑って言えば、看護婦さんに感心したように誉められた。
美少女に膝掛けとカーディガン、それに眼鏡を手渡せば、小さくお礼が聞こえる。
その声が妙に低く響いた気がしたが、日本人離れした容姿のせいか、気にならなかった。
それよりも赤くした彼女の手で、車椅子のタイヤを回せるのだろうか。
「どこまで行くの?送るよ」
そう言ってグリップを握れば、同じ事が気にかかっていたらしい看護婦さんが、ようやく表情を緩ませた。
「お願い出来るかしら、さくら棟の患者さんなの」
「さくら棟?」
「ええ、ここを真っ直ぐ行って………」
と教えられた場所は、今まさに私が通ってきた道順で、歯科の更に奥にある、長期入院棟のようだった。
「ほなお客さん、行きましょか」
グリップを押し出して看護婦さんと別れると、また春の花の咲く庭沿いに廊下を戻る。
案外に車椅子の操作が難しく、気を揉みながら進む。目の前で揺れる紫の絹糸のような繊細な髪が、めちゃめちゃ綺麗だった。
思わず無意識に手を伸ばしてその髪に触れると、驚いたような視線が振り返った。
「あ、ごめん、あんまり綺麗で、触り心地よさそうだったもんだから」
「いや………」
ぎこちない動きで正面に戻っていく頭に、やっぱり緩やかな動きで髪が付いていく。
「ものすごいサラサラだけど、何したらこうなるの?私なんか剛毛だからさぁ。シャンプー何?」
「………知らない」
「知らん!?」
「ああ」
仮にも年頃の女の子が、自分の使ってるシャンプーも分かってないって、有りえるのか?
いやいや待てよ、入院中なんだろうし、足も悪いなら看護婦さんとかに備え付けの入浴場とかで洗ってもらうなら、分からなくても当然か?
一人悶々としている間に、いつのまにやらさくら棟までたどり着いていた。
「えーっと、病室は?」
「一番奥」
「まだ奥かい!」
さくら棟に入ると、行き交う看護婦さんや医者、患者さんの姿もほとんど見かけなくなって、人気のない廊下は、なんだか寂しい。
目の前の細い肩が、更に細く見えた。
「なんか………閑散としてるな」
「…この棟は満床だそうだが」
「え、そうなの?」
雑談しながら行き着いた、廊下の突き当たりの扉を開けると、病室とは思えないような部屋だった。
まずベッドが、いかにもなパイプベッドじゃなくて、シンプルながらもオシャレな木製。多分クイーンサイズ位はある。
後は液晶テレビと小さなデスク、クローゼットしかないが、大きな窓からは綺麗な庭が見えるし、天井だって高い。多分この個室代も、高い。
ドラマとかでたまに見かける、これが俗に言う特別室かと、そろそろと足を踏み入れた。
「………部屋、ここで合ってるよね?」
「ああ」
そっけない返答も気にならない位、意識奪われながらも、ベッドの横に車椅子を付ける。
普通のベッドより高さがあるのはやはり病院仕様なのかと、再び美少女に手を掛ければ、あの赤い瞳がこちらを見上げた。
「また抱えるのか?」
「え?うん。あの持ち上げ方、体に障る?」
「……いや、よく男一人、持ち上がるものだと思っただけだ」
「うん………うん?」
手を差し延べた状態で、私は体を硬直させたまま固まった。
男一人。……男一人?
いや、確かに学校で女の子抱き上げて遊んでた延長で、男子抱き上げたこともあるけど。
それをこの人が知る訳もないしと、頭の中がすっかり混乱していたら、ふと目の前の彼女の上半身に違和感を覚えた。
ん……?あれ、ぺったんこ?
「……乳が無い」
「は?」
やけにはっきりとした口調で、思わず口にしてしまった。
この人、胸がない。いやそりゃあもう、貧乳とかそういうレベルじゃなくて、生物学上、無い。
「…………何してる」
ぺた、と紫の君の胸板を触れば、上から若干どす黒い声が降ってきた。
がしかし、見事に真っ平らな掌の感覚に、そんなものは全く気にならなかった。
「男の子………だったのか」
「………貴様」
「いや、うん。なんかごめんね?ごめんなさい」
こめかみに青い筋が走っていたような気もしたが、まぁ見間違いということにしておこう。
………だって、こんな綺麗な男の子って、世の中に居るんですか。いや、目の前にいるけど。
引き攣りながら謝れば、彼女………じゃない、彼は諦めたようにため息をついた。
膝掛けを取り払って、もう一度抱き上げるべく彼に手を伸ばせば、素直に片腕が肩に回された。
多分…もう看病されなれてるんだろうな。
「どっこらせっ!!」
「…ひどい掛け声だな」
「ほっとけ!」
言い返したら、近くにあった彼の顔が、ふっと笑ったようだった。
………女の子より綺麗な笑顔って、結構殺傷力高い。
。.。.。.。.。.。.
ていうかですね、この連載思い付いたの今朝なんですよ。働いてる最中←
車椅子ティエとかテラ萌ゆすwwwとか思って勢いだけで書いちゃって、やりたい事は色々あるけどストーリー何にも決めてないっていうね。
まぁいい。これから看病祭じゃああああ!!!(自重
090130
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