14.



もう桜は見頃を過ぎただろう。

もちろんまだ綺麗だろうけれど、彼は今、きっと外に連れ出さない方がいいはずだ。





病院の前まで来て、息をつく。

桜は見たかったけど、そんなことよりもだ。頭を占める問題はそれじゃない。



久しぶりな気さえする、五日ぶりの白亜の建物は、嫌に無機質で堅牢に見えた。





五日ぶり。自分がここまでヘタレだとは思わなかった。

正直、生死をさ迷った経験などない私が、病気について掛けられる言葉など持ち合わせていない。

猪突猛進な性格であると自覚しているがゆえに、問題がデカすぎて突っ走れないこの状況は、無い頭を捻ってみても、頭が無いんだから何も出てくる訳がない。


悩んだってどうしようもない、といつもならば割り切るところを、そう簡単に割り切っていいものかと悩んでいるのかどうしようもない。



「うがぁーーっ!! 女は度胸!!」



結局そう叫んで病院に乗り込むまでの所要時間が三分もかかっていない辺り、やっぱり私は単細胞らしい。












「こんにちはー……」



寝てたら帰ろう。本置いて帰ろう。そうしよう。

身を屈め、そろーっと引いた見慣れつつある病室の扉が、いやに重い。

だが一瞬後、大変整いに整ったお顔がドアップで目の前に現れて、声にならぬ声が喉から飛び出ていった。



「ぅぎゃぁああーー!!」

「……うるさい」



はじめは驚いたような美しい顔も、すぐにうんざりしたそれに変わった。


同時に部屋の扉を開けようとしたのだろうか、なんとまぁ、間が悪いか。私の心臓に悪い。なんでティエリアは平然としてるんだ、お前心臓悪いんじゃないのか。



「どうもー、お久しぶりですー」



なんだかもう変に疲れて、無気力に挨拶する。

しかし返答はなく、不躾な赤い視線が私の頭からつま先までを辿った。

なんとも居心地の悪い。



「な、なにか」

「…制服、か?」

「え? ああ」



自分で自分を見下ろす。
紺のプリーツスカートが鋭角のヒダに波打っていた。

いつも学校指定のジャージ姿だったのが、今日はセーラー服。
先輩お下がりのスカートは、膝上10cm。許容範囲内とは思うが、私のスカート姿は奇妙に写っているに違いない。


ティエリアは秀麗な眉を奇妙な形に歪めている。



「今日始業式だったもんでさ」

「…海軍にでも入ったのかと思った」

「いくら私でもね、それはない」



車椅子のグリップを握り、部屋の中へ押してから、ふと思う。



「そういえば、どこか行くとこだった?」

「いや、いい」

「そう? あ、これ学校図書室の本。ふっふっふ、読み応えあるよー、サファイアの書!」



肩からずり落ちそうになるスクールバックからぶあっつい青のハードカバー本を引っ張り出して、突き刺すように差し出した。

歴史&宗教ファンタジーだが、はっきり言って、私は一応意地で最後まで読んだものの、宗教がうんたらかんたらという部分はほぼ読み飛ばした。頑張ったけど無理だった。

多分、ティエリア君ならちゃんと読めるだろう。作者さんもちゃんと読んでくれる人がいたら幸せだ。なんせ、三十年だか構想を練って書かれたらしいから。



「……毎度ながら、ブレのあるラインナップだな」

「ほめ言葉と取っておく」



………よかった、ちゃんと笑ってる。

ここに来る途中、雑貨屋で仕入れてきた紙袋をデスクに置いて、中身を広げて、こっそり安堵した。

ちらり、盗み見たティエリアは、発作を起こす前と変わりない、いつもの無愛想な彼と同じように見えた。



マグカップが二つ、ガラスのティーポットに、シュガーポット、砂時計、冷蔵庫での保存も出来るミルクポットに、ティーコジーにポットマット、ティーストレーナー、キャディスプーン、紅茶の茶葉お試し五種セット。それに紅茶の楽しみ方、小冊子一つ。これはお店のサービスだ。
それらを次々取り出して、ティエリアの眼前に披露した。


部活三昧でなかなかバイトが出来ない学生が、中学生に混じって毎朝の牛乳配達で稼いだなけなしの給料をはたいての衝動買いだ。

ギクシャクしてしまった場合の場つなぎと、ティエリアは紅茶が似合いそうだと思ったがため。

だってね、ここ簡易キッチンついてるんだよ、知らなかったけど。
クローゼットの扉と同化して分からなかったけど、扉を開けたらキッチンなんだよ。知らなかったけど。



「ティエリア君、お茶っ葉どれがいいかね?」

「お前はまた、人の病室で何をはじめる気だ」

「あ、このティーセット、置いてくから好きな時に使ってくれても構わないよ」

「置いていくな」

「ダージリンは高級茶だって聞いたんだけど、あれホント?」

「……桜はどうしたんだ」

「あっ桜、また来年行こうなー」

「あぁ。…………なんだって?」

「やっぱりアップルティーにしようぜ」

「カンヤム・カンニャムにしろ。来年ってどういうことだ」

「ねえよ。なんだよその名前聞いたことないわ、紅茶の名前かそれ」

「とんだ浅識だな。それより人の話を聞け」



チッと舌打ちしたら、ばっちり聞き咎められた。
くそ、地獄耳め。



「だってさぁ…一昨日小雨降ったみたいだし、見頃は過ぎただろうし、どうせなら来年、仕切り直して一番綺麗な時に見に行った方がいいと思わない?」

「……なぜここしばらく来なかった。もう少し早く来れば見れただろう」



そこまで突っ込んで言及されると思っていなかった私は、驚いて手を止めた。

ティエリアはそこまで桜に興味があると思っていなかったし……


振り向いたら、いつもより少し不器用なしかめっ面の美少年がいた。



「来年…一緒に見に行こう。約束」



んっ、と小指を突き出す。

ティエリアはそれを見つめ、視線を落とした。



「来年、までここに来るつもりか」

「ティエリアがいるかぎり来るさ」

「……」



ティエリアは何か言い出そうに口を開閉させたが、疲れたようにため息をついて一言、



「バカが…」



と言いやがった。
おいこの野郎。私が単細胞なのは認めるが、言うかその単語。



「バカって言った方がバカなんですよー!」

「やめろ、バカの上にアホが付く」

「んだとごるぁ」

「約束なんて、覚えてられる頭をしてるのか?」

「あのな、自分で言い出したこと位忘れませんよ!」



こいつホントに、人のことなんだと思ってんだ。



「…その言葉、忘れるなよ」



ニヤ、と美形は不敵に笑い、小指を差し出した。



「おめーもな!」



白くて細いそれをがっちりからめて、指切りげんまんを唱えてやった。


指を切って、それからちらりとこぼれたティエリアの微笑が、あまりにも可愛らしくかったのは予想外である。



「ティエリア…………可愛いなオイ!!」



全く、この間のブチギレモードはなんだったんだ!

細っこい首もとに抱きついて思いっきり頬ずりしてやったら、レスリング選手もびっくりの抵抗に遭った。
しかし最高級にさわり心地のいい陶器肌は離れがたく、しばらくの間、奇妙な無言の攻防が続いた。



「………お前な」

「っしゃ勝ったっ」

「はぁ………」



車椅子の上に乗り上げて座り込み、マウントポジションを取った私の勝利である。

疲れた様子のティエリア君。ふっ、部活三昧の学生ナメちゃいけないよ。ついでに相手が車椅子だろうと、私は一切手心加えません。



「髪サラサラー、肌スベスベーたまらんッ!」

「変態か、貴様は。離れろ!」

「ふははは、なんとでも言うがいいさ! 離してほしけりゃ私をギュッと抱きしめて、大好きだ陽!って愛を叫びたまえ!」

「バカかお前は!」

「バカじゃねーですぅー、人肌フェチで抱きつき魔なんですぅー」



密着した隣の顔が、若干引きつったのが分かって気づかれないように小さく笑う。

この何様俺様ティエリア様は、一回位困り果てればいいんだ。


そうニヤニヤしていた私は、自分の頭と背中に妙な温かさを覚えても、それが何なのか、すぐに分からなかった。

きゅっと体に巻きつく感触。擦り付けていた顔が離れて、耳元でまだ熱を持った吐息まじりのかすれ声が囁く。



「陽」



かすれ具合が声を切なげに演出して、一気に体の血が暴れるのがわかった。


ティエリアの腕が頭と腰に回っている。唇が触れる位、耳のそばにある。



「うぎゃぁーーっ!!」

「うるさい、耳元で喚くな」

「エロい! 吐息! 声!!」

「お前がやれと言ったんだろう。いいから降りろ!!」



腰砕けの私は、ぺいっと簡単に地面に投げ捨てられて、床とハグするはめに。
ああ、さっきまでの人肌が恋しい………



「いいさ、さっきのエロボイスは私の胸に刻みつけておくさ………エターナルメモリーさ!」



ブツブツ言いながら紅茶の道具を水洗いしながら、ふと思いついて、



「こ、紅茶がのみたかったら、今度は頭を撫でて耳元でかわいいよハニーっt」

「やらない。気持ち悪い目で見るな」

「チッ」



簡易コンロでお湯を沸かし、道具を並べたデスクにティエリアを乗せた車椅子を押しながら、恨みがましく紫の後頭部を見下ろす。


絹糸のような細い紫の髪から覗く、白いうなじがやけに扇情的だった。

ああ………頬ずりしたい。でもまた投げ捨てられるだろうしな。

しかし悪戯心がむずむずとおさまらない。

にやついた顔を近づけて、うなじにフッ、と息を吹いた。



「!!?」



ガタンッ、と車椅子が揺れた。

首筋を押さえて、珍しく血色のいい顔をしたティエリアが振り返る。


満足した私は、かかかと笑った。
やられっぱなしは性に合わないのである。



「ほらティエリアくん、その冊子読んで。紅茶の正しい入れ方、茶葉をジャンピングだかさせるのはどうすんの?」

「…………貴様、覚えてろ」



いつまでも可愛らしく頬を染めたティエリアくんは、どうやら首が弱いらしい。いいことを知った。


今度なにかあった時は迷わずそこを攻めてやろうと、一人ニヤリと笑った。












ーーーーーーアトガキーーーーー

酷暑お見舞い申し上げます。
シリアス?なにそれおいしいの?

ということで、前話の今話ながら、シリアスにはなりません。理由は管理人の私情です(※日番谷連載参照


正直、どうやって恋愛に発展させたらいいんだか、うんうん唸って悩んでいますが、うちのティエリアは平気で恥ずかしい真似が出来たらいいよ。そのくせヒロインのスカート姿に、妙に照れてればいいよ。
おれうまYahoo!\(^O^)/




カンヤム・カンニャムは、ダージリンに似た感じの紅茶ですが、ダージリンよりマイルドで美味しいそうです。ストレートティー向き。
でもなかなか希少で、日本じゃとくに手に入りにくいようです。

いっぺん飲んでみてぇよなぁ、と思ってます(´。`)




ちなみにサファイアの書は、世界三大宗教と歴史の問題を解いたらサファイアの書をゲット出来るという、ダ・ヴィ○チコード的なストーリーです。

もうそれが目玉飛び出るほど難しい話ばっかりで、管理人はそこらへんは華麗にスルーさせていただきました。

確か14歳位の時に読んだので、今読んだらどこまで理解出来るかやってみたい気もせんでもない。



100909


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