11,




しばらく固まっていた。
どうしてこうなったか分からないから、余計頭が回っていない。ティエリアくんの肌が透けそうに白いなーとか、髪の毛細いなーとか、美人は本当にまっすぐ鼻筋通ってるんだーとか、そんな煩悩じみた邪念が思考をかき乱してどうにもならない。




とりあえずだ、帰らなきゃ話にならないぞ自分。




今はもう夜。そうだそうだ、帰らなきゃ。


目の前の、幻想みたいな美人さんからどうにか思考を引き離し、ベッドの端へ体をにじりやる。

ティエリアくんの腕が、壊れ物みたいに思える。
自由な方の手でそっと、彼の手のひらを指先で挟んで、持ち上げる。



「…………」



ふと、彼の口から息が漏れて、口端を撫でていった。

体が戦慄した。

本当に呼吸という空気の塊だったのかというような、リアルな感触に、鏡を見なくても顔に血が集まっていくのが分かった。

思わず作業を中断して、どうやら寝言を呟いたらしい相手を伺う。

寝言はどうやら日本語ではなくて、何を言ったのかは分からなかった。
紫色の睫毛を規則正しく並べたまぶたは、ピクリとも動く気配はない。ただ、わずかに哀しげな顔になって、摘んでいた手が握り込まれた。こいつ、起きてんだろうか。

だとしたら、とてつもなくタチが悪い。私の心臓は胸板が痛むほどバクバクしている。

なんかこう、なんか、

胸がきゅうっとする。


力がこもった手は、赤ちゃんに指を握られるみたいに、妙なくすぐったさがある。そのささやかながら確かな圧力に、微笑ましいような嬉しいような、

外すのが惜しい、ような。





繋いだ指先が、ふと緩んで、ティエリアくんの指先が頬をかすめた。

電気が走ったみたいに、そこがピリッとする。掠めたのは一瞬なのに、いつまでも頬に名残みたいな感覚が残って離れなくなった。



ああもう耐えられない。




今まで以上に力を込めて体をベッドから引き抜き、緩慢な動作で床へと落ちた。

脱出成功。

最後まで繋がっていた指先も、そっと振りほどいた。


ティエリアくんの指先が、掴んでいたものを失って、探すかのように小さく手を開いたが、結局彼が目を覚ますことはなかった。


表情も、最初に見た時と同じに戻っている。



もちろん寝ているから、毒を吐くこともない彼は、ただただ繊細で、妙に意識を惹きつけられるのは、なんなんだろうか。


あまり深く考えることもせず、引き寄せられるままに、未だ緩く開かれたままの手に指を二本、置いてみた。

すかさず絡まってきた手に、思わず口元が緩んだ。


再び舞い戻った指先に感じる圧力に、離れがたくなってくる。


が、それを邪魔するかのように、廊下で足音が聞こえてきた。

まだ遠いが、盛大にビクついたおかげで指はまた離れていった。



しかしまた遊んでるヒマはない。

目についた荷物をかき集め、慌てて手元が狂いながらも窓の掛け金を外して、がらりとあけた。


まだ冬の名残があるようなひんやりした風が吹き込んでくる。
それに蓋をするように開いた部分から身を乗り出し、地面に飛び降りた。

病棟は傾斜に建てられていて、ティエリアの病室は一階ながら、やや高めさがある。外に降りてしまえば、胸より高い位置に窓枠があった。

窓を閉めながら中を窺ったが、ティエリアの背中が見えただけで、そのまま窓を閉めると、春の花々が月夜に蕾を下向けている中庭を抜け、レンガの小径を通って急いで家路をたどった。


別にティエリアくんをたたき起こしたって良かったんじゃないかと、今更ながらに思った。
















「…………どうも」



翌日。

なんとなーく気まずくなりながらも、顔を出した私の勇気を誉めてほしい、と言えないのは、私が下心じみた気持ちを否めないからだろう。

顔を出しにくいという気持ちより、会いに来たいという気持ちの方が軽く上回っていた。


だが、病室をのぞいた瞬間、若干の後悔を覚えた。

恨みががましいとすら思える赤い双眸がこちらを見上げ、いつもは文句の一つでも軽快に飛んでくるところが、今日は一言もない。
くるりと車椅子を回して、手にしていた本をサイドテーブルに置く。


昨日、最後に見たのと同じ背中が、今日はどうにも取っ付きにくい。


子供のように握り返された手を思い出さなければ、病室に踏み入る気力は出なかったに違いない。




「忘れ物」

「はい?」

「それとそれとそれ。邪魔な上に散らかって仕方ない」

「……ああすみませんね」



くそっ、相変わらずだなこのやろう。

昨日慌てていたおかげで忘れていった、ジャージの上着とペットボトルと本を入れていた布バッグをひっつかみ、脱力した。

そういえば、赤ちゃんは寝ている時は天使だとか言ったっけ?

それを思い出したら、笑えてきて、ティエリアくんに不審な顔を向けられたら。



「はいどーぞ」



今日の本を差し出したとき、不意に悪戯心が湧いた。

本を受け取るのに持ち上げたティエリアくんの片手を、自分の手でそっと握った。



「……何をしてる」

「今なら何ともないのに」

「は?」

「でもやっぱりなんか心地いい」



感触を味わうように握手していたら、我に返ったらしい持ち主に振り払われた上に、その手ではたかれた。

手の使い道が違う…!



「昨日は自分から絡めてきたくせに…」



そうつぶやいたが、当人の耳には文句調子であることしか伝わらなかったらしく、本を取り上げられて終わった。



ああ、あの優しい指先が恋しいです………



と思ったら、



「……ふっ、間抜け面だな」

「あうん?」



あの手が舞い戻ってきて、頬に添い、指先が撫でていった。

まさにそこは、昨夜ティエリアくんの指が触れた場所。

昨日の衝撃が、一瞬舞い戻った気がした。



「今日が見頃だったか?」

「え」



見れば、ティエリアくんの手には、桜の花びら。
私はどっかで引っ付けて来ていたらしい。



「そうだよ! 見逃しちゃうよ、早く行こう!」



桜は逃げない、と彼は言ったが、私は車椅子のグリップを掴むと入口に踵を返したのだが。



「検査のお時間ですよ」



入ったきた看護士に、なんとも見事に出鼻をくじかれた。
















--------アトガキ--------

甘いのがほしくて。レッツ自給自足。

もう一つの連載がシリアス絶好調なもので、なんかこう……たまってたんでしょうね(´д`)

とはいえ、まだまだシラフでデレ期にギアチェンジしてくれないティエリアさん、一体いつになったらこいつは………(ぐちぐち


いきつく先は、存在するだけで目障りなイチャコラかっぽーなんですがね。目指してるんですがね。この紫毒虫が…………



とりあえず、こっちはシリアス関係なく突き進みます、管理人の絶対権限により。

だってそんな続きがある連載でシリアスまみれになってたら、この管理人は簡単にあの世行きですよ( ´∀`)



しかし挿し絵描いてたけど、色塗りが上手くいかずにやり直したため、全く間に合いませんでした(ё_ё)



100125


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