「……」

馬鹿みたいだ。
何をぐずぐず悩んでんだか、らしくない。
もういい。この不安はなかったものにしてしまおう。

ぽたぽたと頭から垂れる滴を見つめて、頭を振った。
タオルで顔を拭きながら顔を上げると、俺の前に立つ、伊月。

「…なんだ、練習中だろ」
「ちょっと抜けてきた」

伊月はまっすぐにこちらをみる。対して、不安になっていた俺は伊月をまっすぐみることができなかった。

「…何もないなら戻るぞ。ただでさえ試合が近いんだ」

「―…日向」

体育館に戻ろうと歩き出すと、伊月に呼ばれた。

「日向、違うから」

立ち止まると、それだけ唐突に告げられる。

「違うから」

繰り返した伊月になぜかカッとなって、俺はバスケをするには華奢な手首をつかんだ。

「―…っ」

続けて、伊月の背を体育館の壁に押しつける。
逃げられないように顔の横に手をついて腕で囲った。
背中をぶつけた伊月は苦しそうに咳き込んだ。

「―…別に、お前が誰と何をしてようが気にしねぇよ」

自分でも思ってもないことが口をついて出た。

「そうだよな。やっぱ女の子の方がいいもんな。可愛いしちっさいし。守ってやんなくちゃいけないって気分は気持ちいいよな。誰が好き好んで自分よりガタイがいい男なんかに欲情できるってんだ。だいたい」

言いながら顔を上げて伊月を見ると、白い肌をもっと青白くして瞳から涙を溢れさせていた。

「―伊月」
「…っ、触んなっ!」

涙を拭おうと上げた手をはたき落とされる。
それをした伊月も、傷ついた顔をした。

「触るな…女の子の方がいいんだろ?日向は、結局。自分から告っといて、やっぱり一時の気の迷いでしたー、か。俺がどんだけお前のこと好きでも、実ることなんかあり得ないんだ。判ってたよ。お前を好きになった時から。俺がどんなに勇気を振り絞っても、意味なんか、」

伊月は涙を堪えるように、一気にまくしたてた。

「―伊月」
「ねぇ、日向…別れよう?」

次々と溢れ出る涙をそのままに、まるでその涙自体を拒絶するように、伊月はそう言って俺を見上げた。

「俺ばっかり日向のこと好きで苦しい。俺は日向に欲情できるけど、日向は俺に、できないんだよね。気持ち悪いよね。男に欲情するなんて。だから、戻れるかわかんねぇけど、友達に戻ろう。そんで、いつもみたいにバスケばっかりしてよう。大丈夫。俺、頑張るから。普通にできるように頑張るから。だから…っ」
「ごめん伊月……っ!」

ボロボロと零れ落ちる伊月の涙は止まらない。

思わず、伊月を抱きしめていた。

俺のくだらない勘違いで伊月を傷つけた。
俺のくだらない嫉妬で伊月をこんなにも追い詰めた。
小さい自分が憎くて仕方なかった。

「ごめん!ごめん…!!」

「ひゅーが」

俺の腕の中で、伊月が身じろいだ。

「好きだ!世間体とかそんなモン全部どうでもよくなる位、お前のことが好きだ」

「ひゅーが…」

「別れたくない。…誰が、お前を離すもんか」

抱きしめた腕に力を入れて、離すまいとすると、伊月は俺に身を任せて力を抜いた。

「―…うん。離さないで」

「………伊月、好きだ」

まだ涙の残る瞳で俺を見上げた伊月の頬に手をかけると、少し肌の色が戻ったそれに朱がさした。

「…ぁ……」

片腕を腰にかけ、引き寄せると、小さく伊月の声が漏れた。それを笑って、泣いて乾いた唇に自分のそれを重ねた。

俺達のファーストキスだった。









「あー!やっと戻ってきた二人とも!…って、どうしたの、伊月くん…」
「ちょっと」
「喧嘩っ!」
「何やってんのよ。仲直りはできたんでしょ?」
「まぁ」
「珍しいこともあるものね…。あ、そうそう日向くん」
「あ?」
「今日の分、3体だから。明日よろしくね」
「…え゛」





あとがき



日向女々しい。
あと、伊月泣いてると辛い。






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