ワンダーワンダー![]() 昼休みの教室、カントクの前の席を借りて横向きに座る。購買で買ったパンを片手に、カントクがルーズリーフに書いた次の試合の戦略を眺める。 その最中に、クラスメイトの女子2人がそわそわしながらやって来た。 「伊月の話?」 「そう!日向くん仲いいじゃん、色々ネタ持ってるでしょ?」 彼女達は胸踊らせて伊月について尋ねてきた。カントクに目配せすると、呆れた様子で肩をすくめている。 「んな事言われても、これと言って面白いネタは無ぇぞ」 「面白いネタじゃなくて、かっこいいネタが欲しいの!」 2人はねーっ、と顔を見合わせて顔を綻ばせた。 その可愛らしい仕草に思わず身を引いてしまったのは、底知れぬ貪欲さを裏に感じたからだ。 「何か教えてあげないと、この子達いつまで経っても引かないわよ」 疲れた顔をして言うカントクは、きっとその被害を既に受けているのだろう。 「つってもなあ。……あ、実はあいつ視点を……」 「その話は聞いた。コートを上から見れるってやつでしょ?もっと別の話希望!」 「そうそう!バスケ関連はリコから全部聞きました」 まるで時間を無駄にするなとでも言うように焦れた2人に問い詰められる。理不尽だ、勘弁して欲しい。八つ当たりだとは分かっているが、素知らぬ顔をするカントクに非難の目を向ける。 「じゃあもう特に無ぇよ」 「そんな筈ない。だって伊月くんクールだしかっこいいもん!」 「何だその理由……」 猛烈に世の中の不条理を感じる。俺はそんなありがたい根拠を持たれた事があっただろうか。 「あのなあ言っとくけど、お前らが思ってる程伊月はクールじゃねぇぞ」 「うっそー!」 「そうだよ、そんな訳ないし」 「あるある。毎日つまんねーダジャレ聞かされてみろ。さすがにお前らだってキレっだろ」 「何それ、伊月くんはダジャレなんて言いませんー」 「だってイケメンだしね」 「ねー!」 イケメンはどれだけ正当化されてるんだ。だんだん腹が立ってきた。 「あいつはああ見えてダジャレ大好きだからな。しかもイケメンつったって、普通にアホ面晒して寝てたりするぞ」 「やめてーっ!伊月くんはアホ面なんてしません!」 「します。俺写メ持ってるから見せてやるよ」 やめてとか言っておきながら、当の本人達は悲鳴を上げて一層喜んでいる。ムキになって携帯を取り出した俺に、1人冷静なカントクが言う。 「何で伊月くんの寝顔写メなんて持ってるの?」 「こないだの合宿の時、伊月が一番最初に寝やがったんだよ。一番最初に寝た奴は毎回何かしらの制裁が与えられる」 「何それ、そんなバカなことやってたの?まだまだ元気あったんじゃない。今度から合宿メニュー増やしとく?」 「バカなことしてねぇとやってられないんだっつーの。伊月の奴、コガにはマジックで顔に落書きされてたな。しかも油性、あれはウケた」 「まーたかわいそうに。それって1日目でしょ。だから2日目の朝食堂来るの遅かったんだ」 あの日の朝、寝ぼけた伊月が鏡に写る自分の常とは違う顔に気付くまで、俺達は笑いを堪えるのに必死だった。瞼に目を書かれ、額に肉と書かれたその惨状に、顔を真っ赤にして怒った伊月を思い出して笑いが零れる。 そうこうしている内に、フォルダの中から目当ての写真を見つけた。 「ほら、あったぞ」 「やだー、何か緊張する」きゃっきゃっと喜ぶ2人に携帯を渡すと、その画面を見た彼女達の動きが一瞬にして止まった。どうだ、声も出ない程ショックを受けたか。してやったりと気を大きくした次の瞬間、昼休みの賑やかな教室をも飲み込む、2人の甲高い悲鳴が響いた。 「キャーッ!何これ何これ可愛すぎ!」 「ちょっ、日向くんこれ送って!どうしよう超可愛い!ヤバい!」 女って生き物は、余りにも可愛いものを見ると涙まで溢れてくるらしい。興奮して今にも飛び跳ねそうな勢いの2人に唖然とする。 横から携帯を覗いたカントクまで、目を見開いて可愛いと歓声を上げた。 「うっそ、カントクまで?」 「これは文句無しに可愛い!」 おかしい。伊月の好感度を下げてやろうと目論んでいたのに、目の前の女性陣は皆一様にとろけるような眼差しで携帯を見つめている。写真の中の伊月は、掛け布団を抱いてそこに顔をうずめて眠っている。 半開きになった口が何とも間抜けっぽいと思ったのだが、思わぬ大反響だった。こうなるのなら、コガに落書きされた後の写メも撮っておくべきだった。 「日向くん早く早く!赤外線!」 「はいはい……」まったく、あいつのどこがそんなにもいいんだか。 「おい伊月鍵閉めるぞまだかー」 「待ってもうちょっと!」 世の不条理を嘆いたその日の放課後、部活も終わりそれぞれが帰路に着く。 部室の鍵閉めの為最後まで残った俺は、何やらロッカーの中を漁る伊月のおかげで待ちぼうけを食らっていた。 「さっきから何探してんだ?」 「ネタ帳。今使ってるやつ。昔のと混じっちゃったみたいでさ」 「そんなの明日また探せばよくね?」 「そんなのって、帰ってから新ネタ閃いたらどうするんだよ」 「お前いつもネタ帳とは別にメモ常備してんじゃん。そんでいいだろ」 「ネタ帳無いと落ち着かないんだよ」 困り果てた様子で情けない声を出した伊月は、大量にストックしてあるネタ帳を1つずつ確かめている。 きちんと整理しとかないからだ、と心の内で呟くと、暇を持て余しているせいで欠伸が出た。 「あ、あった!良かったー」 どうやら目当てのものは見つかったようだ。嬉しそうに発見したネタ帳を広げて中身を眺めている。 「良かったな。ほら、早く出ろ」 「ああ、悪い悪い」部室を施錠し、鍵を職員室へ戻しに行く。それを終えて昇降口へ向かう道程で、ポケットに入れていた携帯が震えた。取り出して確認するとメールが届いている。 開いてみるとクラスメイトからのたれ込みで、明日一時間目の英語で抜き打ち小テストが行われるということだった。 「どうした?」 「いや、明日英語の抜き打ち小テストがあるんだと。ったくマジかよ……」 メールを送ってきてくれた友人も、小テストに心底嘆いている。今からじゃ対策をしようと思う気にもなれない。 「それは……はっ、気が滅入るメールだな!」 「ああ、お前のせいで更に気が滅入ったわ」 本当にあいつらはこいつのどこに惹かれるんだ。やっぱり、ルックスさえ良ければ欠点などどうでもいいのだろうか。 「何だかなあ」 「なんだ?なんだ……難題は何だい?」 最早何も言う気になれない。昇降口に到着すると、閃きに目を輝かせる伊月を置いて下駄箱から靴を出す。 追いかけてきて隣に立った伊月は、性懲りもなく俺の反応を待っているようだった。自信満々で挑発的な佇まいは、どうだ面白いだろうと主張している。 「はあ……」大きく溜め息をついて、少しだけ低い位置にある伊月の得意満面な顔を見る。その無防備な唇に軽く口づけると、伊月は目を丸くした。 「さっさと靴履き替えてこい」 諭すように優しく言ったのは、懲りずにダジャレを言うこいつへの呆れからだ。 「わ、分かった」 伊月は顔を真っ赤にして自分のクラスの下駄箱へ逃げていった。素直な反応をしたあいつの背中を見送って靴を履き、再び溜め息を零す。 まったく俺も、あいつのどこがいいんだか。 分からなくても、好きでたまらないのだから仕方ない。 ![]() 日向可愛いいっちゃん可愛い。 日向の反応を待ついっちゃんのどや顔が思い浮かんだのはきっと私だけじゃないはず。 いっちゃんのどや顔ってなんであんなに可愛いの(*´Д`) |