ピロートーク




 手というものは、人間がコミュニケーションを取るためのツールのひとつでもあるらしい。
 最近、何かのテレビで博士とやらが言っていた。


 暖かい。
 まるで、布団の中のようにほかほかと身体が暖かい。決して不快な暖かさなんかではなく、離れがたくなるもの。
 なんだろう、と周囲を見回してみると、足元に二号がいた。わんっと愛らしい声で鳴いて、膝に前脚を乗せるので屈んで目線を合わせてやると、少し身を乗り出して顔をぺろぺろと舐める。やめろ、と苦笑いでそれをいなそうとすると、何やら不満だったのか勢いをつけて飛びかかられた。
 うわ、と呟いた声はやけに遠くで聞こえた。
 腹の上に座る二号に腕を回そうとして、そして。
「あれ?二号少し太ったか?」
 普段だっこしているよりもだいぶ大きい。食事制限しなきゃな、と言うと、くぅんと切なげに鳴く。
 よ、と少し勢いをつけて抱き直す、が。
「え?」
 さっきよりも重い。
 どういうことだ、これは。と、悩む間にも二号の重さはどんどん増していく。それに応じて大きさも増していき、やがて、支えていられなくなり…

 と、そこで目が覚めた。
 まだ夜中なのか辺りは暗い。そんな中でも僅かに入る光に反射して目の前の見慣れたTシャツが浮いて見えた。
 はぁ、と大きくため息をついて、さっきまでみていたものが夢でよかったと安堵する。
「………これか」
 身体が石のように重い。至る所がガチガチだ。
 少し見上げれば目の前にTシャツと同じく見慣れた顔があって、日向の胸元に埋もれるように眠っていたことが伺い知れた。そして、重いと思っていたのは身体の不調に加えて日向の腕が体に乗っていたからのようだ。
 また眠るにしてもさっきみたいな夢を見るのはごめんだ、とそっと日向の腕を退かすと少しだけ苦しさが和らいだ。
「………」
 ほんの出来心。ほんの少しの好奇心。
 日向から少しだけ軋む身体を離し、その手のひらを握る。
 大きくなったなぁ、とほうと息をつく。
 昔は、同じくらいだった。
 毎日のように一緒に遊んで、あの頃は伊月が日向の手を引っ張って歩いていた。ずっとボールを触っているから乾燥してかさかさ、固くなった。
「懐かしいな」
 呟いた声は少しだけ掠れていて、昨日の情事を思い出し少しだけ顔が熱い。
 何気なしに手を繋ぐ幼い頃はすぎて、小学校も中学年にもなれば手は繋がない。高校生になって、ひさしぶりに恋人として繋いだ手は、緊張で汗ばんでいた。
 そう言えば、昨日も汗ばんでたな。と思い返す。
「………っ」
 昨日の行為を思い出して思わず顔が熱くなる。
 変ではなかったか。緊張して全然できてなかった気がする。声だって全然我慢できなかった。日向が引くんじゃないかとか、萎縮するんじゃないかとか、不安なことがいっぱいあった。
 それに、お互いに初めてだった筈なのに、すべてをそつなくこなす日向は初めてだなんて思えなくて、幼なじみの筈なのに知らない人間みたいで怖くなった。だけど、あの時、もしかして日向も怖かったんだろうか。
 必死にもがいた先にあった手のひらは恋人になって初めて手を繋いだ時よりも汗ばんでいた。
 あれから少しだけ時間を置いたはずの今も、少しだけしっとりとしている気がする。
「………ひゅーが、好き」
 何度も何度も、縋るように囁き続けていた言葉をまた紡ぐ。
 こんなに好きになるなんて思っていなかった。
「だいすき」
「俺も」
 唐突に、声が頭上から降ってきた。
 見上げれば、眠たげな日向の目が、焦点があっていないのか、虚ろに見下ろす。
「日向………いつから起きてたの?」
「お前が手ぇいじり始めた時から」
 うっわ悪趣味、と呟くと軽いデコピンをかまされた。痛い。
「あんだけいじってて気づかねーわけねぇだろ。何、眠れねぇの?」
「んーん、日向に起こされた」
 なんだそりゃ、と怪訝な声。
 踏みつぶされるかと思った、というと
「日向手ぇおっきくなったね」
「そりゃどーも。手がでかいと背が高くなるっつぅけど、ありゃ嘘だな」
「木吉でっかいじゃん」
「あいつは規格外だっつの」
 そんなどうでもいいような話を続けながら、伊月は日向の手のひらを握ったり指を絡めたりと忙しい。
 日向もそれを特に意に介することもなく、伊月にされるがまま、好きなようにいじらせる。
 握りしめれば、日向の伊月より高い体温と、とくりとくりと小さな鼓動が伝わる。
 少しだけ強く握れば、日向の指先が応えてくれる。
 色気のある身体なんかじゃない、かわいいことなんて言えない、問題は沢山あるんだけど、応えてくれた指先がなんだか幸せを分け合っているみたいで。


お世話になっております atro ala.  様の開設10周年を祝し、今後の健闘(?)を祈りましてプレゼントさせていただきます。
今後ともよろしくお願いいたします。


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