当たり前じゃない場所





 どうして、を聞かれたらなんとなく。でも、必然的に。
 なにが、を聞かれたらを聞かれたらすべて。あの人を構成する世界。
 どこで、を聞かれたらいちばんはコートの上、他はあの人と共有した場所ぜんぶ。
 どのくらい、を聞かれたら例えあの人が自分を見なくても、俺はあの人が幸せになってくれればいい、そのくらい。
 誰がってそんなの決まってる。
 伊月俊は、笠松幸男に恋をした。


「笠松さん!」

 しゃあっ、と小気味いい音で、ベッド際のカーテンを大きく開ける。
 秋晴れ。そう言っても過言ではない、少し空気は冷えてきてはいるが青が果てしなく広がる。今日は晴れ。

 ああもうほら起きて!

 ぐずぐずと起きるのを渋って再び布団に潜り込もうとする笠松から布団を剥ぎ取ると、やっとしかめた眉間が伊月を見上げた。

「さみぃ」
「いつまでも寝間着だからですよ!」

 ほらさっさと起きる!と、そこらに散らばる服やら買い物袋やらを集める。
 時刻はもうすぐ8時を指す。
 ウィンターカップ以降なんとか志望の大学に入学して、今年から大学生な笠松とは違い、伊月はウィンターカップを目前にまだまだ現役のバスケ選手だ。
 9時には家を出ないと部活に間に合わなくなってしまう。
 バスケ部のある大学を選んだものの、練習が午後からの日もあれば午前中だけの日もある。午前中だけであれば午後の講義のない時間はバイトが入れられる。勿論、次の日が午後からの場合だけだ。
 飲み屋のバイトは存外体力を消耗するらしい。
 ということで、つまりは昨日の夜はバイトだったわけで、午前中に体力づくりをすると宣言しているにも関わらず笠松はうだうだとベッドに転がっている。
 器用にも僅かにベッドに蜷局を巻いていた布団を足で引き寄せて。

「伊月…あと5分」
「俺が遅刻しちゃいますよ」

 ぶっちゃけ笠松の寝顔は好きだ。
 寝ていると言うのに眉間に皺を寄せている笠松が好きだ。
 けど、笠松が自分で宣言したのだからここは心を鬼にして。

「かーさーまーつーさーんー」
「ううう…」

 両腕を引いて漸くずるずるとベッドから引きずり下ろした笠松は、なんとも不機嫌そうにそこに胡座かいてこくりと舟を漕いだ。
 その様子を苦笑しつつ横目で見て、自分の荷物を纏める。
 荷物、といっても多くはない。
 笠松の家に入り浸るようになって笠松の部屋には伊月のものが増え、今も増え続けている。
 別に笠松の服や物を借りるのは許してくれるし慣れたものだけど、借り物を汗塗れにするのは忍びない。
 ということで、日用品の他はバスケのTシャツが殆どだ。
 家を出て無精な笠松の部屋の奥に自分用にと持ち込んだバスケットから適当に2、3枚Tシャツとタオルをスポーツバックに放り込んだ。

「じゃあ笠松さん、俺行きますからね!」
「んあー?」

 ワンルームのアパートの、キッチンと部屋を分かつ扉を半分あけて、未だうとうとしている笠松に声をかけると辛うじて声が返ってくる。
 伊月、と名前を呼ばれたので顔だけ部屋に戻すと、寝ぼけた笠松が力なく手招いた。
 時間、と一瞬もうじきくるハズの電車を省みる。まぁ大丈夫だろうか。
 ちょいちょいと招かれるまま、笠松の高さに顔を寄せる。笠松の家に来るようになって、付き合い始めて少しでも時間を共有しようとするようになって、習慣になったそれに伊月はまだ慣れない。

(……そう言えば笠松さん、起きてから口濯いでないよな)

 なんて頭の中では無粋極まりないけど、まぁギリギリまで起こせなかった自分が悪いかと嘆息した。
 笠松の寝起きの悪さなんてここ数ヶ月で大分慣れた。
 そっと触れる、起き抜けで温みの残る手のひらが頬をたどる。
 一瞬だけ閉じた瞼が開く時にはもう唇も離れた。

「いってらっしゃい」
「いってきます」

 まるで自分の家のよう。
 頬を撫でた無骨な手が髪をくしゃりと撫でて、離れた。
 ばたばたと狭い廊下を通って重いスチールの扉を外から閉める。
 ここは伊月が帰る家、もう一つの帰る場所で、それを許された場所。

「………よし、急ごう」


あとがき

SS。
かなり謎な文章になりました。申し訳ない。
色々考察していただけますと幸いです。





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