水とコーヒー



さらりと、肌をなでるシーツが冷たい。
風呂上りの素肌をベッドに晒すと、服を着ろと頭にペットボトルがぶつかった。

「髪も濡れたままじゃないか」
「それお前が言うの」

見上げた古橋の髪からぽたりと水滴が落ちて、シーツを濡らす。俺なんかよりもよっぽど髪を拭いた方がいい。

「せっかく綺麗な髪なんだ。…傷むだろう」

そんなことをさらりと言われてしまえば、黒々とした瞳から目を離せなくなってしまう。
ほら、と促されて、風呂上りで湿ったスウェットの間に腰を下した。

「ウェットなスウェット」

キタコレ、なんて呟けば、わしわしと髪を混ぜていた手が止まって、「そのまますぎ、0.3点」などと点数をつけられる。
0.3とか!と声を上げれば、マイナスにしとく?なんて意地悪だ。
ぷっくりふくらました頬に人差し指が刺さって、ふす、と間抜けに空気が抜ける。恨めしく見上げてやっても結局いつもと同じ顔で見つめ返される。わかりにくいけど、これは少しだけ楽しんでる顔だ。
表情がわかりにくい古橋の表情の変化を見抜いて一人でご機嫌に髪を拭いてもらう。なに、と問われたトーンに別にと答えた。
古橋と過ごす、この時間は嫌いじゃない。木吉には悪いけど、何も考えなくていい。何も気を遣う必要のないこの時間が、俺は嫌いではない。
視界の端で、チカリと青色が光る。携帯が着信を告げる合図。小さなテーブルの上に並ぶふたつの携帯。二人とも暗黙の了解のうちに、一緒にいるときはマナーモードにしているから、きっと古橋はまだ気づいていない。
なくなってしまう。そんな不安が、湧き上がった。

「…伊月?」

頭に触れる感触を頼りに、古橋の手のひらを探る。この手を。離したくなんてないのに。

「…古橋、電話」

古橋の目が俺の指をたどってテーブルの上へと行き着く。
ああ、と、吐息がこぼれた。きっと、心当たりがある相手からだろう。



古橋には、恋人がいる。
直接、明確には聞いたことはない。ただ、その電話の相手には俺の知らない顔を向けている。そんな気がするだけだ。
けれど、それが特別な感情からくる穏やかな表情だっていうことにはもうとっくの昔に気づいている。
なんとなく、弱った時に傍にいた。誰も知らない俺を知っていて、一緒にいる古橋は特別な友だちみたいだ。
友だち、と言うには少し確執が大きすぎる気がするけれど。

「伊月くん?」
「ん、ああ。悪い」

なにかな、と隣に並ぶのはサーモンピンクのカーディガンが似合ういかにも守ってあげたくなるような小さくてかわいい女の子。別にこういう子が好みとかそう言うわけではないけど、なんとなく、俺も普通に恋愛できるんだと思って。

「もしかして、具合悪い?」

冷たい手が頬に触れる。柔らかくて、温かくて、まるで古橋のバスケで硬くなった手なんかとは比べものにならないくらいに柔らかい。
ああ、心配してくれるのか、優しい。この子は素敵な子なのだと思う。

「…ん?んー…ちょっと?」

でも。

「ごめん、今日は少し調子悪いみたいなんだ。今日は帰ってもいいかな?」
「ぁ…うん、そうだよね。じゃあ、また今度、体調が悪くない時に」
「うん、ごめん…途中まで送るよ」

あ、いいの。と肩の辺りで小さく手を揺らす。可愛くて、優しくて、とても素敵な女の子だ。
ごめんね、ともう一度伝えて、彼女を見送る。
久しぶりに好きになれると思ったんだけどな。
女の子はかわいい。この子いいなって思ったりすることも多い。だけど、そう。どうして俺の恋愛対象は男になってしまったんだろう。



なんとなく、このまま帰る気にもならず、少し歩いたところで見つけたカフェに入った。
ミルクも砂糖も入れない冷たいブラックコーヒーは苦くて口の中に染みる。
一息ついて椅子に深く腰を据えて、ああ、長時間居座る気分になってしまった。幸いなことにあまり人の出入りの多いカフェではなくて、ゆっくりと時間が過ぎる。
視界に入るのは茶色に彩られた店内と、静かに自分の時間を過ごす人たち。それから、自分の手のひら。
大きな色硝子の窓越しに道行く人が通り過ぎていく。 この近くには今日の自分も訪れた恋人たちがよく集う公園があり、カフェの周りにはカップルが多かった。
その誰もが、幸せそうに微笑み、手を絡めている。そして、当然のことながらその笑顔の先にいる相手は異性だ。

「………なんでなんだろう」

ぽつりと呟いた声は静かすぎる店内ではまるで幻のようで、呟いたことすら忘れてしまいそう。

「……さぁ」

びくり、と聞こえた声に肩を奮わせて、視線を外のカップルたちから手元のコーヒーに移す。別に暑いわけでもないのに冷たいそれを両手で包み込んだ。

「ふる…はし……」
「何してるの、こんな所で」
「別に………」

横を通り抜けて向かい側の席に座る。左手にあるそれはカップに入った同じくコーヒーで、顔や性格に似合わず甘党の味覚の通り砂糖が2本、そのカップにさらさらと入れられた。

「伊月」

死んだ魚のような、生気のない瞳が俺を捕らえる。淡々とこちらの様子を伺ってるかのようで居心地の悪い気分になる。
おかしい。古橋と一緒にいるときにこんな風に思うことなんてないと思っていたのに。
伊月、と声をかけられて続く言葉が出るまで、ただ射竦めるような視線を見つめ返す。息が止まったかのようだ。

「伊月。……知り合った時と同じような顔してる」

ふふふ、と小さく息が漏れた。

どっと肩が重くなるのと同時に全身に力が入る。

『出会った時と同じような顔』

それは忘れた筈の恋心を自覚した時。
大切な友人に恋をしていると気づいた時。
喪失感と、絶望と。

「…………………そんな筈ないだろ」

そんな筈ない。
右手で包んだ冷たいコーヒーを少し飲んだ。



あとがき

お久しぶりです。
意味の分からない文になりましたけど一応私の中では及第点。
実は、この前後の話も考えてはいます。
この時点での伊月と古橋の関係は端的に言ってしまうとセフレ。
そんな中、古橋に恋してることに気づいてしまう伊月の話でした。

伊月は古橋に恋人がいるって思ってるけど実は恋人じゃないとか、伊月は大切な人に恋をしたことにより自分が同性が恋愛対象だって気づいたりとか。
そうして逃げ出した所にいたのが古橋だとか。
そう言うのを言葉にしないまま進めてしまいました。

お読みいただきありがとうございました。
元気に伊月を愛しています






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