なんてったって王子様


この感情はなんだ。

笠松は、自分のなかで燻る感情に、しきりに首を捻っていた。
少し前から、なにかおかしい。
胸騒ぎがするというか、なにかが引っ掛かっているかと言うか。しかしそれが何かなど分からずになんとなくもやもやした状態で、毎日を過ごす。
根が正直な性格をしているからか、それが分からずに気持ちが悪い。

目の前では、相変わらずのハイテンションで森山が女の子の素晴らしさについて説き、小堀がそれに合わせるように笑っている。
聞くのがめんどくさいというのなら、そういってしまえばいいのに、これをしっかりと聞いているのはある意味小堀の性格であり、昔から変わらない所だ。

各言う笠松は、森山の話を耳の端に聞いて、別のことを考えているというのだから。
小堀はよく聞いてられるなといつも思う。

これは、そう。
黄瀬と試合を見に行った後、誠凛とお好み焼き屋で一緒になった、その時からだ。だとすると、もしかして誠凛に気がかりでもあるというのだろうか。

「笠松!かーさーまーつ!」
「ん?おお」

気がつくと、森山が笠松を覗き込み、小堀が心配そうにこちらを見つめていた。
そんなに集中していたか、と思いながら、口元に当てていた指先を離し自分の手を握る。

「聞いてたか?」
「おー」
「じゃあ決まりな!!」
「あ?」

何がだ?なんて、聞く暇はなかった。
おっといけね、なんて言って森山は時計を仰ぎ、始業ぎりぎりだと言うのに自分の教室へと戻っていく。
呼び止める声は聞こえていなかったようだ。

「笠松」

あー、と唸っていると、笠松の前の席に座る小堀が心配顔で覗き込んでくる。こういうときの動作や表情は、森山とよく似ていると思うから不思議だ。

「あ?」
「いいのか?」

さっきの一緒にナンパに行くって話だったけど。と森山が去っていった方を指差しながら、小堀は告げる。それを聞いて、嘘だろ。笠松はまた頭を抱えた。

「……どうかしたのか?」

考え込んでたみたいだけど。と、苦笑しながら小堀は続ける。ん、とひとつ息を吐いて、あー、と笠松は言葉を濁した。

「よくわかんねぇんだけど、…なんか最近変なんだよな」
「何か気になることでも?」

「………いや」

小堀はよく気がつく。
もしかしたら小堀に相談することで何か変わるかも知れない。
でも。
なんとなく、こんなもやがかかったような不明瞭なものを吐き出してもなにか変わるとは思えず、口ごもる。

「なんか変なだけ。わりぃな」

気を付ける。

と続け、笠松は次の授業の準備を始める。そうか、と言って小堀も準備を始めた。
あまり根掘り葉掘りは聞こうとしない。
その小堀の優しさに、何故だか妙に安心した。

風が冷たくなっきた。そろそろ秋がきて、冬になる。




部活が終わり、制服のボタンをとめていると笠松!と名前を呼ばれた。顔を上げてみると、森山が目の前に鼻息荒く仁王立ちしている。

「ナンパいくぞ!」

お前なにその元気、といつもの部活に加え中村と張り合ってワンオンワン、競り負けた悔しさに大人気なく小堀と組もうとした結果、中村の方も早川と黄瀬を味方につけ、結局森山、小堀、笠松で組んで中村、早川、黄瀬の後輩組とスリーオンスリー。それから自主練、とハードなメニューをこなしたにも関わらず、けろっとした態度で立ち塞がる森山に呆れを通り越して感心する。

曰くナンパの体力は別物だ。

んなわけあるか。
女子の別腹じゃあるまいし。

部活が終わる、21時前後の東京の駅前はナンパをする輩が多い。ガン無視で帰宅する女子も満更じゃない女子も、…中には、しつこい位のナンパもいる。
その中でも森山のナンパの仕方は独特で、友人でも、いや、友人だからこそ、距離を取ってしまう。

きゃ、と、わりかし近くで小さな声が聞こえた。

「ね、いいじゃん行こうよ。奢るからさ」
「嫌だって言ってるじゃないですか!いい加減にしてください!」

声の方向を見てみると、一人の小柄な女の子が背が高めの男二人に囲まれている。綺麗な黒髪だが、特に手を加えていない感じがなんとも垢抜けない。そんな印象の美少女とでも表現したいような。
笠松の後ろで、小堀があーあ、と呟いた。

「捕まってるね」
「…めんどくせぇ」

あはは、と笠松の呟きに小堀はいつものように笑い、その少女の方へと向かう笠松に、何も言わずに着いてくる。長年の付き合いは伊達じゃないというか。

「おい、お前らー…」
「あんたたち俺のつれに何してんですか?」

「あ?」

笠松が声をかけるその前に、男たちの前に一人の男が立ち塞がる。少女の手を躊躇いもなく引き、確かに知り合いなのだろう。

「なんだ?てめぇ。こいつの彼氏?」
「…違うけど?」

「なぁ、笠松…あれって」

ああ、と、小堀の言葉に頷く。確かに見たことがある顔だ。
見たことがあるというか、つい最近会ったし、そう言えば、隣の少女も似たような顔をしている。

「彼氏じゃねぇならすっこんでろよ」
「それともなに?オニーサンも一緒来る?」

男のうちの一人がそいつの黒髪が微かにかかる肩に腕を回す。
ぎゃははははと笑う声は酷く下品だ。
いつのまにか、周りには一瞬足を止める人までいるが、誰も彼もが遠巻きに見て近づこうとはしない。

「…なんとか言ったらどーよ?」

黙って男たちを睨み付けるそいつは、男が顔に伸ばそうとした手をパシリと叩いた。男たちの視線が上がる。

――まずい。

笠松、と声が聞こえた。

男の上がった腕を後ろから掴む。
びくともしない右腕に、男があ?と間抜けな声を出して腕を掴んだ者の正体を突き止めようともがいた。

「…あんましつけぇと嫌われんぞ」

ナンパがどうとか、そんなことを一切口にせず、静かにそう言うと、男は少し怯んだ。それでも噛みつこうとするが、それはやってきた小堀の姿を見て留まる。

「もう、笠松…無茶するなよ…」
「何々これ、なんの騒ぎ!?」

そして、極めつけは森山。
背もそこそこ高く、体格がいい男たちは、笠松なら、とも思ったのだろうが、180センチを越える、それも、小堀に至っては190センチすら越える長身と、ハードな練習を難なくこなすその体躯を前に、確実に怯えた。
気づかれないうちに、とでも言うかのようにさっさと退散していく。

あの、と笠松たち3人に声がかかった。
おうと視線を向ければ、絡まれていた当の本人と、その兄。

「ありがとうございます。…海常の笠松さんですよね?」
「ああ。よく覚えてたな」

こいつは確か、伊月とか言った筈だ。誠凛でPGとして、マッチアップした。
勿論です、と、自分も名乗ろうとする伊月にストップをかけて、知ってる、と伝えるとその目を丸くする。

「な、このあと後時間あるか?」
「へ?」

「ここじゃあなんだし、どっか店にでも入らないか?」

伊月の後ろに縮こまっていた影の頭をぽん、と軽く撫でてやると、その身体は更に縮む。
えーっと声高らかに答えたのは森山で、背中を思いっきり蹴ってやった。
太股が当たってぼふりと音がしたのは笠松の優しさだ。一応。


ありがとうございました。

マジバにつくやいなや、仕切り直しとでも言うかのように目の前の兄妹が頭を下げる。
そんなに気にするな、と笑いながら、妹だと言う少女を口説こうとしている森山をテーブルに沈めた。正面にいると口説いて話が進まないと伊月兄妹の横に座らせたがあまり意味はなかったようだ。

妹ちゃんがシバかれて突っ伏す森山の様子を心配そうに見つめる。

ああ、兄に似て優しい子だ。

それが兄に似たのか、3姉弟に似ているという母親に似たのか、父親に似たのかはわからないけれど。

もしかしたら、殴られていたかもしれないというのに飛び出した兄に。


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というわけで、まとめることにしました。
笠月と小森のシリーズです。

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