「お前、少し痩せた?」
「笠松さんこそ…少し筋肉落ちたんじゃないですか?」
お互いに初詣にもならないけど、参拝を終えて笠松さんの家で年始の時間を過ごす。笠松さんの家族の方たちは、親戚の家に行っていていないらしい。
なるほど、受験生という立場は自然にひとりで家に残れるそうだ。
束の間の休息と言わんばかりにいちゃついた空気が出ていたと思う。
背中から腰を抱かれて、いや、いまさらそんなこと気にするような間柄ではないけれど。
耳元にかかる息を感じ、身体を包む体温を感じ、心臓がばくばくと落ち着かない。
「あー…落ち着く」
「………俺は落ち着かないです…」
肩口に臥せられた額にちくちくとあたる髪の毛に。別に今更気にはしないが、近くに笠松さんがいるって思うと心臓が早くなるのは仕方ないと思う。
笠松さんに背中を預けて、お前あったけぇなぁ、なんて言われつつ、体重をかけると、笠松さんもベッドのへりに寄りかかりながら俺の身体を支えた。
「………笠松さぁん」
甘えたような声を出すと、んー、と軽く夢現な返事が返ってくる。
元々寒がりな笠松さんには俺の体温が調度いいらしい。
「ねぇ、笠松さん」
思ったよりも冷静な自分に驚いた。
「笠松さん…俺、別れようかなって思うんです」
ゆらゆら。まるで、眠気を誘うように揺れていた笠松さんの身体が、止まった。
肩に臥せてある額はそのまま、話を促すようだ。
「笠松さん、受験で勉強忙しいですし、合格が決まって、入学したっていってもすぐ大学生じゃないですか。俺だって来年は受験生ですし、笠松さんも大学1年生できっと忙しくて俺のことなんて忘れちゃいますよ」
ふぅん。と、肩に当たる唇が震えた。
「笠松さんだって大学生を謳歌したいでしょうし、多分俺のことなんてなかったことにして1年はがっつり遊ぶ方が絶対いいと思うんですよね…」
うん。と、確かにそれはいい方法なのだと、俺のなかでは出した答えだ。
ずっと俺なんかが縛っていてはいけないのだと、折角の青春を、恋人の存在なんかで縛り付けるわけにはいかない。
ひとりで納得してうんうん頷いてみる。
改めて口に出してみると、それは本当にいい考えのように思えてきた。
もう少しでセンター試験。
本当はもう少し早めに言うべきだった。
こんなことで恋人を動揺させてはいけないから。大学には合格して欲しいに決まってる。
でも、決心が付かなかったのは本当だ。
自分から離れるなんて、正直信じられなかった。
笠松さんの思い出に、俺なんかいちゃいけないんだ。普通の人生を送るのなら。
「…………ざけんな」
静かな、低い声だった。
俺の肩に埋めた唇で吐いた音は、くぐもって肌に直接感じた。
「お前さ、何俺の幸せなんか勝手に想像してんの?俺の幸せ考えてるんなら、なんでそこにお前がいねぇの?」
うん。言われると思ってた。
想像はしていたのに、低い、怒った声音はやっぱり俺の身体を震わせる。俺が勝手をしたときに、散々聞いた声音。
「勝手ぬかしてんじゃねぇぞ。今まで何聞いてきやがった?」
ああ、これは。本気で怒ってる。
「おい伊月」
「はい」
名前を呼ばれて、腰を抱かれていた手が、俺の頬と肩を包んだ。
無理矢理変な姿勢で振り返ったそこにあるのは怒った笠松さんの力強い瞳。
やっぱり優しい。これが笠松さんだ。
「はい。笠松さん」
俺だって負けていられない。
これがどんなに馬鹿らしい決断だとしても、譲れない。
「笠松さん、だから、待っててください」
無理矢理向けられた顔の、真っ正面から笠松さんを見ていると、俺の声に虚を突かれた笠松さんの表情が緩くなった。
ああ、こんな顔もするんだな。なんて、もう1年以上も一緒にいるのにそんなことを思う。
「来年、大学受験が終わったら、きっと貴方に相応しい人間になって、もう1度告白しますから、その時に、気持ちが残っていたら」
だから、待っていてください。
きっと貴方と一生一緒にいても恥ずかしくない人間になります。
「…………馬鹿じゃねぇの、お前」
正面からぎゅうと強く抱き締められる。
当たり前じゃねぇか、と、笠松さんは顔を真っ赤にして言った。
「あ、でもそれとこれとは別問題な」
一頻り馬鹿だなんだと罵った挙げ句、そのまま情事へともつれ込んだ受験生(皮肉)は屋内競技でなかなか色が濃くならない身体をベッドに沈めた俺へとそんな一言を投げた。
は、と声を上げれば、笠松さんは嫌な笑顔で笑う。
この笑顔を見るたびに、この人もPGなんだと自覚させられる。
「ぜってぇ別れねぇ。折角捕まえた鳥を戻ってくるって知ってたってわざわざ逃がしてやるわけがねぇだろうが」
覚悟しやがれ、と。
あとがき
あけましておめでとうございます!!
遅くなりましたが笠月で年越し小説でございます。
今年も作品たちともども、このサイトをどうかよろしくお願いいたします。