自分の分にカフェラテを、伊月の分にアイス コーヒーを買って、おやつ時にごった返すフロ アを伊月の黒髪を探して歩く。

見つけてみると、福井がいないことがこれ幸い と、伊月は腕を組んでそれに頭を沈めていた。

音を起てないよう、気を付けながら伊月の向か い側に座る。 そのまま、伊月に気づかれないように気を使い ながら携帯を触ったり、人の流れを見たりと時 間を潰す。

やがて、机に突っ伏す伊月から、すぅ、と寝息 が聞こえた。 そちらに視線を移すと、伊月は穏やかに息を繰 り返す。寝たのか、と思うと、気を張らせてい たのかもしれないと申し訳なくなる。

恋人以前に先輩と後輩なのだ。

でも、そうやって気を使う伊月も可愛いと思う から仕方がない。 好きな子程苛めたいってやつだ。多分。 違うか。

伊月の顔を覗き込むと、さっきよりも少し顔色 もよくなったようで、まぁ、目的は成功したと 言える。

覗き込んでいた姿勢を正し、右腕を伸ばす。伊 月のさわり心地のいい髪を、伊月が起きないよ うに気を使いながら撫でる。 こいつも苦労してんなぁ、となんとなく思っ た。

と、

「お兄さんたちふたり?」 「ねぇ、よかったら遊ばない?!」

きゃっきゃと高い声が福井の頭上に落ちてき た。これはあれか、ナンパか。と、秋田では見 られない光景と、経験のないことに少し浮き足 立つが、まぁ、不思議なことにそれ以上になら ない自分がいる。

「わー!お兄さんのこの髪の毛地毛なんだ!?き れーい!」 「えっ!?マジ!?触らしてよ!」 「ねぇ、そっちのお兄さんもさ!寝てないで起 きようよー!」

無遠慮に彼女たちの手は福井の髪に触れる。自 分の髪なんて、部活に背の高い奴等がいるから 特に気にもしない。 ただ、彼女たちが、伊月の肩に触れた瞬間、な んとなく、カッとなった。

う、と、伊月の起きる気配で余計にそれが助長 される。

「わりぃ。俺ら休んでるとこなんでほっといて くんねぇかな」

抑えた積もりだったが自分で思ったよりも低い 声が出た。ここに氷室がいたら怒られるかなぁ とちらりと頭を掠め、まぁ、恋人の状態を考え ると大丈夫だろうと結論付ける。

福井さん、と伊月の声が聞こえた。 ああ、結局起こしちまった。

「えー?」 「折角の出逢いなのにぃ」 「遊ばないなんて損じゃなぁい?私たち見てく れ悪くはないでしょ?」

完全に不機嫌が表情に出ているだろうに、彼女 たちはなんだかんだとかしましい。

「んだからも!あんたらに興味ねんだがらほっ どけよ!」

完全にイライラしていた。 冷静さを欠くなんて、PG失格だな、なんて自 嘲する。

東京に来たときはできるだけ自重するようにし ている秋田弁は、こっちの人間には強くて怖い と感じることもあるとあって避けていたという のに、この様だ。

突然怒鳴られた彼女たちは、ひとりは泣きそう な顔をして、もうひとりに支えられるようにし て何も言わずに離れていく。

福井さん、と伊月が呼んだ。

「福井さん、」 「うるせぇ」

伊月の視線が福井を突き刺す。 恋人は姉と妹を持つ、どちらかというと女性が わに立つ人間だから、さっきみたいな対応は例 え自分の為だとしても、許せないのかもしれな い。でも。

伊月はそれ以上言わず、ありがとうございま す、と一言声をかけて福井の買ってきていた コーヒーのカップを受け取った。

店を出る頃、晴れていた空は翳り始めていた。 透き通るような晴天は見る影もなく、眩しくさ え思い少しだけ恨んだ太陽が雲に隠れる。

「……」 「…………」

沈黙が痛い。何が痛いって心臓が痛い。 さっきから伊月は必要最低限のことしか口に出 さない。―いや、端から見たなら、普通に話し ているように思える筈だ。 恐らく、会えない距離を埋めるように、頻度は 少ないながらも中身の詰まった話を電話でして いた、だから、そう思うのかもしれない。

ふとした瞬間に訪れる沈黙が、余計にそれを際 立たせる。

「伊月…」

こんな筈じゃなかったのに。 付き合いはじめて、初めて、1日を恋人と共に する。明日も、明後日もそうやって過ごして、 明後日の夜に秋田に帰る予定だった。 初めてこうやって過ごして、手を繋いで、あわ よくばキスをして。 二人で幸せな時間を共有して、また、次までの 原動力にして。 会えない時間を過ごす、そのはずだったのに。

こんなことなら会わなければよかったのか。

ふとそんなことが頭を過る。

正直、何がここまで伊月の気に障ったのかが分 からない。二人きりの時間を邪魔されたくなく て、イライラして、出た言葉だった。なにより も、休んでいる伊月の邪魔をしたくなかった。 だから、もう一度、名前を呼んだ。

「伊月」

うじうじしてるのは性に合わない。

「伊月、なんでそんなに不機嫌なんだよ。俺な んかしたか?」 「……………いえ、なにも?」

俺なにいってんの。 何をしたか、なんて、自分が悪いに決まってい る。福井自身が出している雰囲気にあてられ て、伊月はそれに気付かないようにしてくれて いるだけだ。 気遣いが習い性であるこいつらしい。

にっこりと笑う伊月の表情が堅い。

こんな想いをさせるつもりじゃなかった。

自然と、福井の歩みが遅くなり、やがて止まっ た。 それに気付いた伊月も、福井よりも少し行った 先で止まる。福井さん、と、伊月の気にしてい ないように軽い声が、自分を呼ぶ。

だけど、福井はその声を知っている。

「………悪かった」







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