「悪かった」

もう一度、目の前にいる伊月に謝る。

怖がらせただろうか。 幻滅しただろうか。 でもこれが自分だと、開き直れない。

福井には、自分に原因があるとしか思えなかっ た。 なんで、何を、伊月は汲み取ったのか。

自信なんて、虚勢で言い聞かせる福井に、そん なものがあるはずがない。

分かっていたんだ。大きな三白眼も、この口調 も、俺を怖いって印象づける。

それとも、余裕がないとでも思われたか。 今日の自分は少し、いつもとは違った。

会わない方がよかったのか。近くにはいない方 がよかったのか。遠距離のまま、お互いに、伊 月に、会うのを夢に見て。

空を見上げると、透き通るように真っ青だった それは、暗い灰色をしていた。雨でも降るのだ ろうか。

「………別れたくねぇなぁ…」

嫌だなぁ、好きなんだけどなぁ、なんでか なぁ、なんで俺は伊月を傷付けるようなこと。 まるで他人事のようだ。

別れなくない。それしかないのだけれど、福井 は、それを打開するような策なんて見つけられ ない。

やだなぁ。

もうひとつ呟いた。 ぼろりと、目の前に佇む伊月の目から、まるで 雨にでも降られたかのような雫が落ちる。

ぱたぱたと地面に染みができた。

「そ、んなの…っ」

口調は怒っているかのように、だけど、俯いた 顔からはどんな表情をしているのかは分からな い。

「…いやに、なりましたか?」

ぱたぱたと、鼻の頭に水滴が落ちてきたのを感 じる。 雲行きを見るに、雨は酷くなるだろう。

「いやになったのは…伊月だろ?」

自分じゃあ伊月の理想になってやれない。 電話越しに伊月と話す福井は、きっと偽物なの だ。せいいっぱい背伸びして、先輩のように振 る舞う偽物。 実際に伊月と会えば、あのときの半分も大人に なれない。

「嫌になんて、なるはずがないじゃないです か」

福井さんが、と自分の名前を呼ぶ声は震えてい る。 福井さんが、と、呟いた伊月の声はまるで伝え たいことでもあるかのように、掠れた。

福井さんが、俺が、なに?

「俺は、福井さんが好きなのに。なのに…」

そう簡単に嫌になんてなれるわけがないじゃな いですか。 かすれて、小さく、聞こえづらい声は、確かに そう言った。

「…なぁ、伊月」

好きだよ、と言った声はおとになっただろう か。

「伊月、俺は、結構ネガティブなんだ。だか ら、思ってることなんて言ってくれねぇとわか んねぇよ。怖いけど、伊月の気持ち知りてぇ」

じゃないと、思考はどんどん悪い方に向かって しまう。 自分は、決して秀でた人間ではないから。

俺は、お前にさわってもいいのか? ついさっき怯えさせてしまったのに。 俺は、お前を好きでいいのか? 俺はお前の理想像じゃないのに。 俺は、お前といっしょにいていいのか? これから先、どんだけお前を傷付けるかなんて わかんねぇのに。

伊月が、濡れた顔を上げた。 きょと、と、切れ長の綺麗な目が福井を見つけ るや微笑んだ。その表情に見惚れる。

「ばかですね」

どんなあなたも好きです。 きっと、これからも、沢山あなたを知って、好 きになります。

空から落ちる雫は、惜しみ無く伊月へと降り注 ぐ。 俺だって全身にそれを受けている筈なのに、そ んなに気にならなかった。

「福井さん、」

好きです。あなたになら全てをあげてもいい。 その位には。

真摯に、誠実に。 真っ直ぐに福井を見詰める伊月の瞳に、まるで 引き寄せられるように、伸ばした腕で伊月の肩 を抱き寄せた。

首筋に額を埋め、馬鹿だな俺、と止まっていた 息を吐き出す。急に酸素が入ってきたように、 伊月の声しか聞こえていなかった耳が、遠くで 聞こえるバスケの音を捉えた。

福井さん、と、伊月が呼ぶ。 それに顔を上げれば、伊月と目が合う。 なにか思考が入り込むその前に、福井と伊月の 唇が重なった。

掌を合わせる。

突然の雨に降られて、予定より早く伊月の家に 向かい、お互いにシャワーで温められた身体 は、それだけじゃなく少し熱いとすら思う。

「俺、寂しかったんです」

ぽつりと、伊月が溢したその声は、聞こえるか 聞こえないかといった小ささだ。

「別に、福井さんがどうってわけじゃなくて」

部屋に入るなり絡み合うようにキスを交わし て、互いの体温を交換する。 無理矢理に説き伏せて、先にシャワーを浴びた 伊月の体は、福井よりも幾分か冷たい。

ベッドに組み敷いて、喉元に唇を当てれば、耳 元で、ん、と声が聞こえた。

「その、怖くなったんです。俺。おんなのひと に囲まれるあなたを見て」 「ふぅん?」

伊月の発露を聞きながら、伊月の滑らかな筋肉 の筋を唇で辿る。 伊月は、全国に行く程のバスケ部のレギュラー にしては細い。けれど、それは筋肉がないわけ じゃなく、滑らかに、綺麗にバランス良くつい ているからだ。

「…ぁ、おれ…捨てられるんじゃないかっ て………いっ」

その言葉が耳を震わせた。 から、丁度舐めていた鎖骨を噛んでやった。少 しだけ歯形が残る。

「福井さぁん…なにするんですかぁ…」 「馬鹿なこと言ってっからだ」

自分のことを棚に上げて、そんなことを言って しまえば納得いかない、と伊月は唇を尖らせ る。 拗ねたその唇に、もう一度キスを落とした。





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