もう帰るのか、と思ったら自然、伊月の手を握 ることもできない右手に力が入る。

東京に出てきて今日で3日。さすがにもう帰ら なければ。そもそも、受験だってあるのだ。

「………」

最後だと言うのに、恋人との会話は弾まない。 隣をただ、もくもくと歩く。 最後だから、またしばらく会えないから、もっ と沢山のことを話したいのに。

できるだけ長い時間を伊月と共有したくて、 ゆっくり、ゆっくり。 本来なら30分ほどの道のりも、1時間かけて歩 いた。

「……福井さん」

「ん」

同じ時間を過ごす二日目は、まぁ、色々あった けれども楽しかったし、幸せだったと言える。

遠く離れた秋田にいたときには、到底見ること ができなかっただろう伊月の新しい面にも、自 らの新しい面にも出会えた。

楽しかったですね、と語る伊月の指先を求め て、右手が空をさ迷う。

空いた手は握る先が見つけられないまま、二人 は福井を見送る駅に到着してしまう。 通りすぎていく人たちは、何も目に入っていな いように、自分の時間をただ過ごし、他人のこ となど見ていないのだろう。

「………あと、20分くらいですね」 「……そうだなー…」

福井さんお土産は?と伊月が言うのに、今朝ホ テルから送ったと答えたり、なんでもないどう でもいいようなことを呟くように話す。 人の多い改札口を眺めながら、まるで今までの ことが夢かのような錯覚に陥りそうだ。

「福井さん」

くいくいと、伊月が福井の袖を引く。

「あ?」

こっち、と福井にすら聞こえるか聞こえないか くらいの声で囁かれて、伊月が引っ張るまま、 物影へと連れていかれる。

なんだよ、と恋人の行動に苦笑いを浮かべると えへへ、と、当人ははにかんだように笑みを浮 かべた。

「なん、」

重ねて問おうとした唇が塞がれる。 腰に伊月の腕が回り、伊月の方が背は低いから 多分、周囲からは福井の背中とそこに絡む伊月 の腕が見えている筈。 普通のカップルがいちゃついているようにしか 見えていないだろう。もしかしたら気づく人は 気づくかも知れないが、まぁいいだろう。

触れるだけのキスで唇を放す。

「次は早めに会えるといいですね」

馬鹿だろお前。

この3日間で、堂々とこんなことをしてしまえ る位、福井と伊月の間にあった大きな壁はなく なっていて。

寂しそうに微笑む伊月が愛しい。

恋人の身体を抱こうとしたら、くるりと背中を 向けさせられた。

伊月、と思ったよりも焦った声が出た。

「もう新幹線来ちゃいますよ!」 「えっ!?おい伊月!?」

ぐいぐいと背中を押されて、福井より細いとは 言え体格差も殆どないような伊月の力に、不安 定な体勢で勝てるわけもなく、転がるように改 札に向かう。 ちらりと振り返った時に見えた伊月の耳は赤 かった。

改札に入り名残惜しく伊月を探すと、隅の方に まだ少し顔を赤くした伊月がいる。 その唇が、また、と形作る。

また。 次、いつ会えるかも分からないけれど、また、 いつか。

とりあえず、家に着いたらまずはさっきのキス についてからかってやろうかと。

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あとがき

長いのにお読みいただきありがとうございます。

ピクシブの方で少しずつ連載していたものでした。
こちらには完成してからUPする予定だったので、作中の時間は秋ごろのつもりで書いていますが、今はもう冬、しかもWC終わりましたね(笑)



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