表情筋仕事しろ
こいつ、笑うのかな?
そんな些細な疑問が、行動の起点となった。らしい。
うにうにと、柔らかな頬をつねりあげる。
目の前の古橋の顔はそんなことをしている伊月になんの感動もない。
指先に触る頬の感触は、男だと言うのにぶっちゃけ、心地いい。女性に囲まれ育つ伊月に対して、それよりも、そうじゃなくとも同じくらい、もちもちと柔らかくさらさらした肌に、なんで、と問えば、俺も姉がいるから、と答えた。
こんな弟だとしたら可愛くないに違いない、となんて言われたが、昔からあまり言い返しもせずにいたので、小さな頃はよく人形のように着せ替えられて遊ばれていたと言ったときは、妙な既視感からか本気で同情したような顔で、その顔やめろと逆に両頬を同じようにつねった。
かくして、お互いに両頬をつねり合うというなんとも言い難い状況のできあがりである。
「へぇ。伊月も手触りいいじゃないか」
「ああ、まぁ俺も姉妹いるし、変に構われて育ったから…」
むにむにと古橋の手が不躾に伊月の顔を撫でる。伊月も遠慮なんてしない。
が、なんでだろうか。古橋のそれは妙に心地いい。
「…伊月、眠いのか?」
「……いや、うーん…」
いつの間にか古橋の両頬を弄っていた両手は彼の太股に落ちて、少しだけ瞼が重い。
すり、とその掌に擦り寄った。
「お前…手、温かくて気持ちいいな…」
「……手が温かい人は心が冷たいとか言うけど?」
そんなことを言うと、伊月は違いない、と笑う。そこは否定するところだろうと仏頂面が古橋の顔に浮かんだんだか、まぁふるはしの顔には変化がないので確認はできない。
すりすりと猫のように掌に擦り寄るのは、手懐けたかのようで面白い。
初めにそれをしかけた伊月はそれはもう上機嫌で、伊月の頬をつねっていた両の掌はいつの間にかはがされて、古橋の掌も撫でるように、揉むようにして握る。
少しだけ古橋の方が大きいと自分の掌を合わせてみたりと、いやに古橋の掌を気に入ったらしい。
これは大分理性を試されているなとその無表情に無表情ながらの焦りを見せて、意識をどこかに飛ばそうとする。
多分見ているのは明後日だ。
目を閉じて精神統一を図っていると、ふいにちろりと掌を濡れた感触が這った。
「…っ!?いづ…っ」
驚いて目を開ければしたり顔で掌から指先まで。するりと舌先で舐める伊月の顔が見える。
こいつ、わざとか。と気づけば、微かに頬が火照る。
さて伊月には古橋の表情がどう見えているのか。
伊月が舐める右手をそのままに、左手を伊月の頬に伸ばす。うにうにと撫でて、頬から耳までを何度か往復する。
そうすると、少しだけ照れたような伊月の頬が掌にすりより、舐めていた右手も解放されたからそちらでも反対側の頬を包んだ。
そのまま伊月の顔を引き寄せれば、何をしたいのか分かったのかその目が閉じる。
唇を重ねる。
珍しく触れるだけで終わったキスは、古橋よりも低い体温で少し冷たい。
唇を放し、古橋の真っ黒な目をじぃ、と見つめた伊月は、突然俯いて肩を揺らす。
キスをするときに頬を包んだ両手は伊月の両手に固定されていた。
「なに、」
小さく呟くとほぼ同時。
伊月が顔を上げる。
「古橋の手、きもちいーな」
にひりと、それはもう顔が崩れたといっていいぐらい、誰が見ても惚けたような、そんな顔で、伊月が笑った。
古橋の両手で、自分の頬を包むように固定して、クールに作った、切れ長の目も、全部が緩んだみたいに柔らかく、笑った。
なんだか少しだけ、顔の緊張らしきものが消えた気がした。
あとがき
この、タイトルのミスマッチ感。
わざとです。
特に何も意味はありませんがわざとです
バレンタイン書かなくてごめんなさい。
最近更新少なくてごめんなさい