思い出ができるまで




「伊月」
 心地いい音が、耳元に蘇る。これは、そう。想いが通じ合った時の、宮地さんが俺を呼んだ、その時の声。
 伊月、伊月と何度も呼んでくれた。抱き締める腕が温かくて、嬉しくて、少し胸が苦しくなった。

 どきどきと心臓が煩い。家に帰る道中、宮地さんは送ってくれたけど、なんだか気恥ずかしくて会話は特に弾むこともなく、お互いに目を合わせるのも気まずかった。勿論、手を繋ぐとかそういうことは以ての外だ。恥ずかしくて死んでしまえる。
「……と、ここか」
「……………」
 ふたりで俺の家を見上げて、なんとなく離れるのは名残惜しい。片想いの期間は思ったよりも長くて、恋人になった、なんて夢みたいで、ここで別れてしまったら夢が覚めてしまいそうで。
 無言で向かい合って、こんなところ近所の人に見られたら何て言われるだろうか。
「その……伊月」
「はいっ!?」
 しまった、裏返った。突然話しかけられて反射で返した返事は思ったよりも高くなって、驚いたみたいな顔の後にくく、と含み笑いをする恋人になった人に思わず顔が熱い。カッコ悪い…。
 俯いたら拗ねんな、って優しい力加減で頭をぐしゃぐしゃに撫でられた。
「………後で連絡する」
「!は、はいっ」
 ぽつりと呟くような声に反射的に顔をあげると苦笑気味に俺を見下ろす蜂蜜色の瞳と目が合う。ぼう、と夕闇に浮かぶそれを見つめていると気まずそうに宮地さんは目をそらして、そうされて初めて宮地さんの頬が少し赤くなってることに気づいた。全然そんなんじゃないのになんか見ちゃいけないものを見たような気になって、慌てて俺も顔を背けた。
「………」
 こほん、とひとつ咳払いの後に、頭に大きな手の重さが戻ってきて、わしゃ、と少し混ぜられる。
「…じゃあ、いづ……俊、後でな」
「へ……?」
 ちゃんと起きとけよ、と釘を刺された。けど、もうそんなの耳に届いてなんてない。ぽかん、と宮地さんを見上げて、片手をポケットに突っ込んだまま片手をひらひらと振る宮地さんを見送って、手をポケットに入れたまま歩いちゃ危ないですよ、ってそれどころじゃない。
「…………え?」


 それからはよく覚えてない。
 歩くにものろのろした速度で家に帰って、食事も半分夢でも見てるかのようだ。だって、まさか、あの宮地さんと自分が。本当に夢みたいなことなんだ。
 ぼう、としてる俺を見かねた姉貴と舞が押し込むみたいにして俺を風呂に追いやって、つまりそこまでして貰えなきゃ風呂に入ることも忘れそうだったんだ。
 そわそわする。
 宮地さんは後で連絡するって言っていた。後で、っていうのは今日中ってことでいい、んだよ、な?これで間違ってたら恥ずかしい。
 風呂に入って真っ先に水を被って、ベッドの上で携帯片手に少し落ち着いた頭は宮地さんと恋人になったことを信じようとしていない。もしかしたら今日あった出来事は夢だったんじゃないか。今日はストバスではあったけど秀徳メンツとのバスケで身体が疲れていて、余計に夢だったかのようにも感じる。
 時刻は21時前。宮地さんはそろそろ家に着いているだろうか。
 濡れた髪が頬に当たって冷たい。
 どうしよう。俺から電話をかけてみようか。アドレス帳の昼間に教えて貰った宮地さんの電話番号を開いたまま、向き合ったディスプレイはまだ着信は告げない。
 でも、自分から電話して、もし恋人になったことが夢だったらどうしよう?俺ばっかり浮かれてたらどうしよう?動かない携帯のディスプレイを見つめているうちに時間は21時を過ぎていく。
 その時。
「うわっ!?ぁ、あ!」
 突如鳴りだした携帯に思わずそれを放り投げそうになって寸でのところで捕まえて、それが誰かも確認せずに通話ボタンを押した。
「は、はははいっ!」
 しまった、裏返った。しかもどもりすぎ。恥ずかしい。これ宮地さんだったら恥ずかしくて死ねる…
 電話の向こうの相手は黙ったまま、答えはない。
 あれ?もしかして間違い電話とか…ディスプレイを確認しようと少し携帯を耳から離そうとすると、電話の向こうから息を吸い込む気配がした。
『………俊?』
「……はい。…………俊です」
 宮地さんですか、と電話の向こうの相手に問うと、おう、とぶっきらぼうな声が答える。
 そうして、少しの間沈黙が流れ、大きく大きく息を吐き出す溜め息が聞こえた。
『夢じゃ、なかった……』
 安堵の声は、俺と同じ。
「……夢じゃないですよ…」
 夢じゃないから。
 これから、宮地さんとの思い出が始まる。


あとがき

お久しぶりです。
久しぶりに書いた宮月。
思いっきり801にしてみました。
最近これ物語じゃないってひっかかるので敢えて物語じゃないものをば。
やまなしおちなしで
意味は辛うじて、私のスランプ打破ということで






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