ちゃんと言うから




 どうしてこうなったのか。
 その一因は間違いなく俺にもあるのだけど、どうしてもこの状況は俺には受け入れ難いものだった。

 どうしてこうなった。状況だけ見ればどう考えても俺とその境遇を知る人間はそう訊くのだろう。俺も訊きたい。目の前に座ってカフェラテの甘いのを飲みながら俺に視線を向けてるその男は、俺にとっては宿敵とも言える花宮と行動を共にしている奴だ。
 俺に気を遣ってくれたのか、変なところで気の回るらしいそいつが、休日に行く場所として指定したのは誠凛から少し距離のある小さな映画館で、上映の待ち時間を過ごす喫茶店はちょっと意外なくらいモダンな雰囲気のいい、静かなセンスのいいお店で大変に俺の好み。もう数回の逢瀬をここで重ねている。
 なんで、俺なんだ。
 その疑問はもう付き合い始めた頃からずっと訊きたくて仕方なかった。好きだと何度も囁く古橋の顔には、いつ聴いてもやっぱり表情なんて浮かんでいなくて、嫌がらせかとも思ったがそれはそれでムカつく。それに、事の始まりからだいぶ日にちも過ぎて、こいつと一緒にいる時間を快適だと感じてる自分もいる。
 手も繋いで、キスなんかも、なんだかんだと過ぎていって。恋人らしい触れ合いもそれなり。
 この次は、と考えて、その先にいってはいけないような気分になる。想像したら終わりだ。
「………」
「…伊月、どうかしたのか?」
 じぃっと目の前の男を見つめていると、当然ながら目が合って思わずそらした。基本的に、古橋との会話は少なくって、他愛もないことをぽつりぽつりと話す。
 俺自身、そんなに喋る方でもないし、助かってはいる。古橋が沈黙に頓着しないから、俺も気を遣う必要はない。
「あっ!古橋のお古はしつこい!キタコレ!」
「…………」
 キタコレ!どう!?と、古橋に目で訴えてみても、本人は無表情のまま逆に見つめ返してくる。コイツの前でピンときてもまともに取り合って貰えたことはない。
 ちぇ、別にいいけどさ。
 再び卑屈モードに突入しようかとしたその時、不意に古橋の唇が動いた。
「………そんなことほど損なことはないな」
「キタソレいただき!」
 なにそれ美味しい!今までストックしてたのかとでも思うような出来だ。今度姉さんたちにも言ってみよう。日向はどんな反応するかな。
 ネタ帳にたった今の古橋の放ったダジャレを書き込みながら、ふと、視線に気づいた。
 古橋が、俺を見てる。
 いや、それはまぁここにいて古橋とコミュニケーションを取ってるのは俺だけだから別におかしくもないけど。古橋が、見てるんだ。俺のことを。能面みたいな顔にちょっとだけ嬉しそうな雰囲気で。
「…………なに?」
 結局耐えられなくなって声を出してみても、別に、としか応えられなかった。そうしてる間にも、古橋の顔は能面みたいな無表情に戻って、さっきのは見間違いだったのかとも思った。
 これは、いい機会なのかもしれない。
「……ずっと訊こうと思ってたんだけど」
「なんだ?」
 俺の問いに答えようと、佇まいをただした古橋に、俺もつられて背筋を伸ばした。
「古橋は、俺の、どこが好きなんだ?」
「は?」
 って違う。聴きたいのはそこじゃない。
 俺の問いを受けて古橋が生真面目に考え込む。腕を組んで、下を向いて、瞳だけが迷うように左右に揺れる。
「…………まさか、なんとなくってわけじゃないよな?」
 有り得ないわけではないとも思うけど、さすがになんとなくで男と付き合うなんて無理だと思う。いや、あんなにはっきり俺に好きっていっておきながらそんなことは。
 頭の中で自分の考えに否定を続けていると、ゆっくりと落ち着いた声で、いや、と聞こえた。
 顔を上げて見えた古橋の表情はやっぱり無表情。
「決めかねてる。冷静沈着な癖にダジャレ好きって所も可愛いと思うし、好きなことには誠実に全力投球できるのも凄い。俺には無理だ。それに、お前は自分の意志で行動するだろ。こうやって仇のチームみたいな俺と会ってるのもどう思ってるのか分からんが、お前の判断だ。そういうところ好きだと思う。それから」
「ストップ!待って待って!」
 凄いってなんだ。可愛いってなんだ。そんなことを真顔で言ってのけるやつだったのかこいつは。ていうか、それからって何。てか顔あっつい。
 熱くて適わない。思わずテーブルに突っ伏してしまった顔を上げると、古橋がまた、無表情に得体の知れない優しい表情を貼り付けて。
「まだあるぞ?」
「……いい。おなかいっぱい」
「そうか」
 こいつ、こんなに俺のこと好きだったのか。そんで、俺はそんな風に言われてそれを嫌だとは思えないくらい、古橋のこと。
「…そろそろ映画始まる。伊月、いくぞ」
「………おう」
 どうしよう。


 それからというもの、俺は上の空だった。一応自覚はある。だって、今まで沢山好きだって言われて、どこが好きかって聞いたら選びきれないとまで言われて。俺も嫌いじゃないし、寧ろ好きなのに。なのに、俺ときたら今まで好きだって言ったこともないんだ。
 どうしよう、いつ言えばいいんだろう。ここまで引っ張ってしまって今更好きだなんて言うことは、なんていうか、気まずい。
 映画の間中も、その帰りに寄った新しくできたCDショップも、なんとなく古橋がどんな顔してるのか気になって、いつ古橋に自分の気持ちを伝えるのか、迷って、ずっと、ただたまに話しかけてくる古橋に生返事で応えた。
 どうしよう、って思ってると案外答は出ないもので、結局、帰りの駅までの道のりもそんなことがひたすら頭の中をぐるぐる回っていた。
「………伊月」
「………」
「伊月」
「あ、ごめん。なに?」
 古橋の声に、現実に引き戻される。このやりとりを今日、何回繰り返しただろう。
 気付いたら人通りの少ない道で、俺の左手は古橋の右手に捕まってて、多分呆けていた俺は古橋に連れられて歩いてたんじゃないかと思う。カッコ悪いな。
 古橋がまっすぐ俺を見る。
 あ、これ。思うのとほぼ同時に、古橋の顔が近づいて、唇が重なった。反射で目を閉じれる位には経験した感触。
 好きだ、と離した唇の上で空気が振動する。
 今日ずっと悶々としていたことなのにさらりとこなされて、ああもう、悔しい、こいつ。
 負けたくなくて、それと同時になんか伝えないといけない気分になってしまう。だから、別に嫌いなわけじゃないし、一緒にいたいし。言わなきゃいけないし。言いたいし。
「………別に、言わなくてもいいぞ」
「へ?」
「無理に言おうとしなくていい。期待してない」
 期待してない。
 俺と古橋の間に力なく下ろされた、掴まれてた左手と、いつの間にか握られてた右手と。繋がった両手を見つめる。
 腹が立つ。
「………期待しろよ」
 思ったよりも低い声が出た。
 期待してくれないの。俺の気持ちはいらないの。
 どうしよう、泣きそう。下向いたの失敗だった。鼻の中がつんとして痛い。
「…期待したら辛いだろ」
 意外な位にゆっくり噛み締めるみたいに呟かれた声に弾かれたように顔を上げた。相変わらず変わらない表情で、深い黒い瞳が俺を見る。
 表情なんか変わらない癖に。どうして欲しいかなんて言ってくれない癖に。
「期待してよ、言うから」
 繋がったままの両手を強く握り直す。
 俺は、どれだけこいつに我慢させたんだろう。どれだけこいつが欲求を出さないことに甘えてたんだろう。
「古橋、俺」


あとがき

伊月月間最終日ですね!
ここでやっと伊月書きましたね!
すいません!
一応pixivでは小森と笠月が仲良しなシリーズを更新しています。こちらにもいずれ移動いたします。

笠月と古月。
なんともマイナーにも程があるCPばかり推してますが皆様着いてきていただきましてありがとうございます。

後半ぐだくだで申し訳ありません。

積極的に伊月を応援してくださった皆様
1日1伊月、更新され続けた皆様、
お疲れ様でした。とても美味しくいただきました。





人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -