許し
笠松、と、旧友がぼんやりと濡れた目で笠松を見た。
その日は珍しく笠松、森山、小堀の予定が合った。高校時代から恋仲にある小堀と森山は、確かに二人の時間も持ちたがるが笠松とも変わらない関係を築いていた。かくいう笠松自身、高校時代はライバルであった誠凛の伊月と今は恋仲となっていて、付き合い始めた当所には森山が運命とは数奇なものだと気障にいい放った。
酒が入り明らかに酔った様子の森山は、昔からのことだがよく笠松に絡みにくる。
小堀と笠松はというと、そこそこ強いのでカクテルを選ぶ森山とは違い日本酒なんかもたしなむ。
しかしそれでも、森山は二人のペースにはなかなか着いていくことは出来ない。
この日もそうだった。
いつものように酒は好きらしい森山は弱いくせにがんがんグラスをあけ、3杯めに入ったあたりで笠松に絡んだり小堀に甘えたりとしていた。
いつものことだと放って置いたのだが、森山が一度軽く眠りについたかと思っま間際に、がばりとその長身を起こした。
笠松と小堀は何事かとそちらを見る。
「なーあ、かさまつーぅ」
またか、と笠松と小堀はため息をつく。
元からザルだなんだと言われる小堀とは違い、森山は醒めるのも遅い。
少し寝たからといって醒めるようなことはなかなかない。
森山は笠松の肩に腕を回し、お前よーとなんだかんだめんどくさい。
しかし、次の言葉で笠松は思わず口に含んだ酒を吹き出しそうになった。
「お前よーぅ、伊月くんとのセックスってぶっちゃけどうなのよぅ?」
「なっ!!?」
もりやまっ!?と怒鳴ったつもりの声は思ったより音にならなかった。
「またやってねぇの?その内どっかのダレカに取られちゃうゾ」
若干しなを作って可愛い子ぶってそんなこと言いながら、森山は笠松の頬をつつく。
小堀に助けを求めると、小堀は無駄だとでも言うように苦笑している。
「〜〜っ、それはっ」
「………ぐぅ」
笠松が真っ赤になって答えようとした瞬間、笠松の肩に重さが乗った。遠慮のないその重さに、そちらに目を向けてみれば旧友は見事に笠松の肩に寄りかかり寝落ちしていた。
「……………」
とりあえず、寝てもらっていた方が平和だから寝かせておくとして、今度会ったらしめることにする。
思えば、もう3ヶ月になる。
先に笠松が高校を卒業し、それから初めてまともに伊月と話をした。お互いに話したいことが溜まっていたのだと思う。
偶然出会ったあの日がなければ、こんな風に優しい気持ちを伊月に抱く日もなかったのだと思うと、森山の言う運命を信じてやってもいいような気がしてくるから不思議だ。
そもそもが女性が苦手な笠松と、それまで今はバスケの方が大事だからとイケメンにのみ許されるような常套句で女の子の告白を断ってきた伊月では、亀の歩みと表現するに相応しい恋愛の速度。
まだキスをするのに慣れてきたあたりで、この間は一応彼女がいた経験はあるらしい伊月に躊躇っている間に掠め取られたりした。
そう言えばその時は今度泣かす、なんて脅したが、果たしてその日は来るのだろうか。
「そのうちどっかのダレカに取られちゃうゾ」
そう茶化した森山の言葉にぎくりとしたのは、自分でも少し思うところがあったからだ。
身体は一度重ねた。一度だけだ。
それはもう3週間も前のことで、もうすぐ1ヶ月がたとうとしている。
思い返せば最近、伊月と顔を合わせることが減った。
笠松も伊月もそれぞれが学校やらバイトやら就活やらでなかなかまとまった時間が取れないのもあるが、それは以前までもあったことだ。
ではなぜ、と。
なんとなく、見たくなくて避けていたものにたどり着きそうになって、その言葉を避けた。
気づかないふりをした。
この頭がいけない。
酒の入った頭はまるで壊れたラジオみたいに同じことをぐるぐるぐるぐる考えはじめる。
伊月、と呟いた。
気がつけばそこは、見覚えのある、しかし自分の部屋ではないアパートの一室の前で、いるかな、なんて考えもせずにその戸を叩く。
はい、と、幸運なことに声が聞こえた。
ガチャリと鍵のあく音がして、相手も確認しねぇで無用心だなと説教したくなり、しかしそれも、伊月の顔を見た瞬間吹き飛んだ。
「笠松さん?」
怪訝そうに笠松を見上げ、そして、何か約束していたかと少し焦った様子を見せる。
「笠松さん、森山さんたちと飲み会だったんじゃ…」
ぼうっとよく回らない頭で伊月の何ごとか言っている伊月の唇を眺めていた。
「とりあえず笠松さん、中に…」
伊月が背中を見せた瞬間、どさりと高くはないが頭に響く音がした。
言い訳をするとしたら、その背中が無防備だったから。なんて、言い訳にもならない。
「笠松…さん…?」
伊月の顔に、笠松の影が落ちる。
床についた掌が、酒の熱も合間ってやけに冷たい。
伊月、と呟いたと思う。
けれど、呟いた筈の唇は、伊月の唇に重なっていた。
ゆっくりとそれを啄み、味わい、舌先をねじ込むと流石に抵抗を示す。
絡めとった伊月の舌を甘噛みし、吸い付いたりしていると、その内伊月の抵抗も力が抜け少なくなっていく。
ふ、と息を吐いた伊月の唇から頬へ、首筋へ。触れる度にぴくりと反応を示す。
そこまでは緩く笠松の手を掴むばかりであった伊月が、服の下、腹を撫でた瞬間いやだ、と掠れた声で言った。
「いやだ、笠松さん!いや、放して、くださ…っ!か、さまつさん…!!」
いやだ、いやだと何度も繰り返し繰り返し、笠松を拒絶する。酒に酔った頭で何を思ったのか、酷いことをしたのは自分だと言うのに、笠松はカッと頭に血が登ったのを感じた。
「うるせぇ」
黙れ、と呟いた声は思ったよりも低い。
伊月の身体の線を掌でなぞり、撫でながら、笠松の耳に、微かな嗚咽が聞こえた。
顔を上げると、堪えきれていないそれを両手で塞ぎながら、ぼろぼろと涙を流す恋人の姿。
「…っく、ぅ…、ふぅ…っ」
悔しい、とでも、思っているのか形のいい眉が歪んでいる。
ぞくっと背筋に妙な感覚が走り、怖い、と呟いた伊月をめちゃくちゃにしてしまいたくなる。大切で仕方なくて、だからこそ、自らの手で乱してしまいたい。―壊れるまで。
―――駄目だ。
笠松が身体を起こすと、伊月がびくりと身体を揺らす。
怯えさせた、と思った。
伊月の着ていた上着を脱いで、引っ張り起こした伊月の肩にかける。
その背中に腕を回して、ぎゅ、と抱き締めた。秋先の冷えてきた床に押し付けていた背中は微かに冷たい。
悪い。
怖い思いをさせた。
急激に醒めた頭で、これからどうしようかと。別れることになっても仕方ない。
全部、自分が悪い。
今まで必死に止めてきた理性を、止められなくなったのは紛れもない笠松自身だ。
伊月を抱き締めて、別れたくない、と願った。別れたくない。
でも、それを切り出されても仕方がない。
「か、…さまつさん…?」
伊月の首筋に額を埋めて、笠松は静かに、その時を待つ。
願わくは、許し。
それは難しいとも思う。
やがて、伊月の腕が笠松の背中に回った。
「笠松さん」
あとがき
お読みいただきありがとうございます!
リクエスト主、刹羅様のみお持ち帰り可とさせていただきます!
さて!
お待たせいたしました!
うん。はい。申し訳ありません。
伊月が泣いたら踏み込めないヘタレになりました。はい。申し訳ありません。
本当はギャグ路線でやらかした後土下座松というのも考えたのですが、最終的に寒い玄関で丸まってる笠月のビジョンが思い付きまして。
こういうことに相成りました。
さて、
50000hitありがとうございます。
大変丁寧なリクエストをいただきまして、リクエスト通りのものを書くことができなかったのが悔やまれるばかりです。
こちらの都合で内容を変更することが起こってしまいましたが、何卒、今後ともよろしくお願いいたします。
この度は50000hitを迎えることができましたこと、心よりお礼申し上げます。