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「いーづきー」
「はいはい。ちゃんと歩いてください」
よたよたと足元が心許ない森山を担いで、帰路につく。
小堀は同じ方向だということで酔った笠松を、中村と早川はふたり連れ立って。黄瀬は宴の途中、21時も過ぎた頃に明日も部活だからと先に席を立っていたので必然的に森山との帰宅となった。
さっきからまるで譫言のようにいづき、いづきと連呼する。はいはい、と適当に返事をしながら、くるり、と周囲の気配を辿った。今のところ、特に視線は感じない。
「いづきー?ねぇ」
「はいはい。なんですか」
悔しいことに自分よりもタッパがある森山を転がさないよう、自分の足元もしっかり気を配る。
「こんどさー、うどん作って」
「うどん?」
「うん」
そんな簡単なものでいいんですか?と思わず怪訝な声になると、耳元でにへら、と笑う気配がした。
「俺好きなんだよねー。グザイはきつねね。そんで、デザートはコーヒーゼリーな。ふたりですきなもんくお」
「いいですねぇ」
きつねだよやっぱり。と森山はよくわからない根拠でそのおいしさを語る。
かといって、コーヒーゼリーのおいしさも語ったところで理解してくれる人などそうそういないのだけど。
食べた後だというのに考えただけでもおなかがすく。
森山が幸せそうににへら、とでも効果音が付きそうな笑顔で語りかけてくるから、余計にだ。
誰かとご飯を食べる約束をする。
それだけであったかい気持ちになるのだから不思議なものだ。
自分から始めた関係ではあるけれど、森山と食事をすることはすでに日常になっていて、それに疑問すら浮かばなくなっていた。
自分が作ったごはんを一緒に食べる。
美味しいといってくれる。
それだけでなんだかおなか一杯になる。
一人暮らしを初めてからというもの、一人で食事をしていて、高校生の頃がとてつもなく懐かしくなることが多々あった。
みんなで輪になって食べる昼食や、やいのやいの言いながら獲得したイベリコ豚カツサンドパン三大珍味のせ。
誰かと笑顔で食卓を囲める時間が貴重なものなのだと気付いて、寂しくなって。
森山がいてよかったと思う。
「森山さん」
「ん〜?」
背中から漂う気配は相変わらずとろんと液体状だ。
聞こえてないかもな、とも思いながら、前を見たまま後ろの気配に語りかける。
「また、いつでもいいので、ごはん食べに来てくださいね」
「ん…もちろん」
ゆっくりとした声音だったけれど、しっかりと頷いた気配にまた笑みがこぼれる。
何事かと続いたうわごとにまた笑った。
森山と別れ帰路に就く。
泥酔した彼は伊月では歩く身体を支えるくらいしかできることはなく、自分が森山よりもずいぶん低いのだと、久しぶりに高校生の頃のようなことを思った。
結局、一度訪れたっきりの記憶をたよりに森山の借りているアパートを探し出し、鍵を拝借して、以前は雑魚寝状態だった部屋を横切ってベッドに粘体と化した森山を横たえる。
梅雨も通り過ぎて熱帯夜が増えたからといって何もかけずに寝てしまうと風だって引くだろうと身体の下に丸まったタオルケットを力づくで引っ張り出してかけてきたけれど、きっと朝には剥げてしまっているだろうとなんとなく笑った。
改めて小さな明かりでともされた見る自分の部屋とは違う間取りはなぜだかいけないことをしているような気さえして、そそくさと逃げるように出てきた。
自然と早足になる帰路に、先位ほどまでは方に寄りかかっていた重みを想う。
進学した大学では伊月はどちらかというと身長が高い方で、見上げるようなことはほとんどない。
高校生の頃は周りの体格が良すぎて当たり前に感じていたことを、今更再認識した。
やっぱり身長はあった方がいい。
体格が良ければ厄介ごとなんて自分で片づけられるのだ。
そう、これも。視線を森山との待ち合わせ以来電源を切ったままにしている携帯へと移す。
これだって本当はもっと早く片付いたのかもしれないのに。
電源を付ければきっと大量のメールや電話の履歴が入っていることだろう。
自身の借りているアパートの影が見えてきて、ほっと息を吐く。
今日もおかしなことは起こらなかった。それに越したことはない。
今まで、脈絡のない連絡以上におかしなことをしてくることはなかったから、完全に油断していたのだ。
あとがき
お久しぶりに更新。
不穏な影がちらちら。