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「よぉー久しぶり!」
「遅い!!」

 大丈夫大丈夫、という森山に連れられて、学生たちの御用達の飲み屋の暖簾を潜る。
 そこにいたのはこれまた森山と同様に懐かしい人たちで、何度か試合をし、固く握手を交わした記憶のある憧れがどうにも抜けない人たちだ。
 伊月は、和やかな、そして、彼ら独特の仲良さげな雰囲気に思わず足を止めてしまった。
 本当にここは俺が、誠凜の人間がいていい場所なのか。
「んで、連れてくるって言ってたのそいつか?誠凜の5番だったよな?」
 さっきまで遅れた森山に説教をしていた笠松さんが、伊月に目を向ける。出来れば見つかる前に帰りたかった。ここは、余所者の伊月がいていい場所ではない。が、森山のことを怒鳴っていた笠松の顔が不意に和らぐ。
「わりぃな、こいつの我が儘で付き合わせて。帰りてぇなら帰ってもいいけど、せっかくだ。座ってけよ。こいつが奢るから」
 森山の背中を笠松が乱暴に叩く。その言葉に、そんな折衝な!!と悲鳴をあげた。
「いえ、自分のぶんくらいは…森山さんにご迷惑をおかけするわけにもいきませんし」
 そう返すと、笠松と森山はなんだか可笑しそうに顔を見合わせた。変なこと言ったかな?とその後ろの、伊月から見える位置に座っていた小堀と黄瀬も似たような顔。
 きょとんとしている早川の向こうに、明後日の方向を見る中村が見えた。
「そんな言っちゃったらこの二人の立場ないよ、伊月」
 ああ、と思った。なるほど。まだ高校生である黄瀬。だけど、モデルとして働いているからこいつは除外されたとして、早川と中村は伊月と同い年。働いてもいるだろう。それで立場ない、ということは、今日の飲み代は先輩たちが持つことになっていると言うことだ。
 変に納得して中村を見れば、露骨に目を反らされてしまった。その横で、早川が呑気に笑う。
「じゃあ…甘えちゃっていいですか?」
 一応確認として森山を振り向くと、彼は勿論、と大きく頷いた。


 結論として、海常のメンバーは馴染みやすい人ばかりだった。
 敵として対峙してるだけでは見えないところも、こうやって一緒にいると見えてくる。
 この中では比較的知っている方の森山でさえ、どこか知らない人のよう。伊月に見せていた表情なんかより、ずっとずっと子供のように見えた。
 不意に寂しい気持ちが、襲う。何故ここにいるのだろうとも、全く知らない森山がいることにも。
 例えば、伊月が海常にいたとすると、きっと楽しい。いまのこの時間も楽しく過ごしたことだろう。しかし、いなかったかも知れないとも考える。
 このメンバーはWCを戦ったメンバーで、この中にいれば伊月はレギュラーに入れなかった可能性も高い。
 やめよう、伊月は首を振った。
 こんなことを考えても意味はない。誠凛にいた時間もまた、伊月には大切な時間なのだ。
 なんとなく、大切な仲間たちを否定しているかのような気分になってしまう。森山は森山の、伊月は伊月の。それぞれの仲間がいるから、こうなることは当たり前なのだ。
 例えば、森山が誠凛の伊月の仲間に会ったとしても、同じように疎外感を感じるだろう。そんなことをうだうだ考えても意味などない。折角だからこの機会を楽しもう。
 そう決意して、オレンジジュースのグラスを傾けると、そのとなりに、笠松が移動してきた。
「横座るぞ」
 空きができたから来たようだが、他のメンバーはというと、森山は入ったお酒の影響かやたらと後輩たちに絡み、それを小堀が制御する、という構図がよく見えている。
 そんな彼らを尻目に、伊月の隣に移動してきたとすると、静かに飲みたかったのか、はたまた、話でも。
「伊月さ」
 後者だったようで、伊月の憧れのPGは一口手元の碧色のカクテルを飲んだ。ずいぶん美味しそうに飲むが、さてはて。どんな味がするのやら。はい、と自分のジュースに口をつける。
「森山頼むな」
 予想外の言葉に思考が止まった。
「あいつ、ああ見えてこうと決めたら一直線だからさ。俺たちが近くにいて手綱を持っていられればいいんだが、残念なことに、遠いんだよな」
「…遠い…?」
 距離がある、ということだろうか。伊月から見ても、海常の、かつては好敵手として、同じコートに立っていた人たちは、未だに強い信頼があるように見える。そんなことは、といいかけて、笠松の視線の強さに捕まった。
 この目は酔ってなどいない。笠松という男は、森山を本当に心配しているし、大切にも思っている。だとしたら、森山は相当不誠実だ。
「あいつ、強がりだからさ」
 有無を言わせないような声音に、思わず小さな声ではい、と返事をしていた。






あとがき

お久しぶりな更新となりました。
ほぼ完成した状態で放置していました。
待っていた方とかいらっしゃったのかしら。
伊月くんの海常組と関わりを作る回でした。



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