3 | ナノ



 ふっと意識が浮上する。
 すっきりと自覚したそれに目を開ければそこは見覚えのない部屋で、厚手のカーテンが陽光を遮断する。
 見回すと自分の近くに知った顔が横になっていた。森山さん、と口の中で呟いてここが森山の家だったことを思い出す。
 はっとして時計を見上げると、8時過ぎと昼からの授業にはまだ充分な時間がある。まだ目を覚ます気配のない森山を起こさないように立ち上がり、伊月は洗面所を借りて顔を洗った。
 家に帰ったらシャワー浴びて大学に行こう、と思いながら、確か森山も今日は午後からだと漏らしてアルコールが入ったのだと思い出す。どうしてお店では飲まなかったのかと訊くと森山はせっかくの伊月くんとのご飯、飲んじゃうと楽しめないしと女の子を誘うときみたいな顔で笑った。
 伊月は一杯お茶を貰い、台所に立つ。他人の台所は使いにくいが一応お礼と、昨日使う許可は貰った。森山が覚えているかどうかはおいておいて。
 コンビニに行った時に買い物を軽く済ませた。森山が料理をしないというのは本当らしく、冷蔵庫には軽くビールの缶や使いかけの調味料なんかが入っているだけで食材は殆どなかった。調味料が揃っているのは昔は彼女が作っていたという話の名残だろう。おかずを買うだけにできるという理由でご飯は小さな炊飯器に炊かれている。
 やっぱりハムエッグかなーと手元にある食材を見て思う。コンビニの食材は総じて高く、貧乏学生には痛い。夜遅くなかったらスーパーに行きたかった。 さて、と伊月は濡れないように袖を捲り上げた。



 夢を見た。伊月だ。森山が伊月と2人、食卓を囲む。伊月が作ったご飯を食べながら、2人で笑いあっている。森山さん、と伊月が俺を読んだ。
「森山さん、森山さん…」
「…は、ぇ?伊月…」
「森山さん、朝ご飯できましたよ」
「え、」
 揺り起こされて目が覚めた。
 その瞬間、夢を見ていた筈なのに、それがどんな夢だったのか忘れてしまった。同時に何故伊月が森山を揺すっているのかを考える。2人を取り囲む場所は確実に自分の部屋だというのに、何故そこに伊月という常ではない人物がいるのか…。
「やっと起きた。朝ご飯食べますよ」
 思考が停止している森山をよそに、伊月は出来上がったハムエッグと共に甘いカフェラテを淹れ、テーブルに並べる。
「森山さん?」
「あ、ああ…うん。」
 そう言えば昨日夕飯を食べにいってそのままか、とやっと動きだした頭で考えながら、伊月が先についていた食卓の正面に座った。そこには、予想外に揃えられた朝食。
 いただきます、と伊月が両手を合わせる。
 森山もそれに倣い、久しぶりに朝食が用意されているという感動を噛み締めながら、箸を持つ。こんなこと、前の彼女と別れて以来だった。




「じゃあ、ごちそうさまでした」
「こちらこそ」
 朝食を食べ終え、乾かしていたジーンズとついでだからと一緒に洗われたシャツを着て玄関に立つ。玄関先まで森山は伊月を見送りに出ていた。
「ホントはちゃんと送りたかったんだけど…」
「森山さん、今昼間ですよ?」
 あと俺男でもうすぐ成人ですと言うと微妙な顔で森山が笑う。
「また、良かったらうちにご飯食べに来てください」
「いいの!?」
 そうだ、となんとなくの提案に森山が意外な食いつきを見せた。そんなに喜ぶことか、と嬉しさ半分驚き半分で伊月は笑う。
「いいですよ。あ、でもご飯代少しは払ってくださいね?」
「払う払う!伊月くんのご飯美味しいし!!」
 やったね!と飛び跳ねる勢いで喜ぶ森山になんとなく微笑ましい気分になった。今から次が楽しみだ。
 人に自分の作ったものを食べて美味しいと喜んで貰うのは嬉しい。また作りたいと思う。それも、これだけ喜んで貰えるのなら尚更だ。
「あ、時間が…」
「じゃあ、気をつけて?何か相談とかあったら是非!お礼な」
「はい。それじゃあ、また」
「またな〜」
 玄関に出て伊月を見送る。
 階段を下りる伊月を認めてから、森山はさて、と息を吐いた。
「準備するか」



 森山の家を出て、伊月は電源を切っていた携帯の電源を入れる。
 新着メールが続々と届く。全部で15件。サークルの先輩や、クラスメイト、高校時代の友人、後輩。その中に、見知らぬアドレスが数件。すべて同じ人間だ。着信拒否した所で、アドレスを変えてくる。アドレスを変えた所で、どうやってか突き止めてくる。
 伊月はこの人物については軽く諦めていた。
 名前も顔も知らない人間。
『いまどこ?』
 伊月は、数件の知り合いたちへのメールに返事を返し、また携帯の電源を切った。





あとがき
フラグです。
書き直しました。
申し訳ありません




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