先天性クローム症候群






 くろ、あか、むらさき、ぴんく、き、あお、みどり、おれんじ、しろ、ちゃ。
 テーブルに並べられたそれはそれは多様なマニキュアは、きれいに十色。くろとあかとむらさきは用が済んだのか、はしにまとめられている。目の前にいる伊月が慎重にみぎてのくすりゆびに塗っているのは、ぴんくのそれだ。足はたしかペディキュアっつうんだっけ、と変なことを考えつつ、利き手ではないひだりてを頑張って働かせているやつに、おれは苦笑するほかない。

「塗ってやろうか」

 されど、無反応。どうやらおれのこえは届いていないらしい。だがしかし、こいつのことだ、こんな申し出は受けないだろう。特におれやコガについては。絶対に受け付けないはずだ。こういうの苦手だし。不器用だし? 水戸部なら喜んでまかせるかも知れないけれど。
 おれはテーブルを揺らさないように気を付けて立ち上がり、冷蔵庫から無糖コーヒーのペットボトルをとりだした。適当なグラスにいくつか氷をいれて、限りなくくろいそれをコポコポとそそぐ。氷がガラスにぶつかるおとは嫌いじゃない。
 ミルクをいれようか迷ったが、このまま飲もう、おれはペットボトルを冷蔵庫にもどして、ふたたび伊月の向かい側に座りなおす。ぴんくが先の四色の仲間入りをしていた。どうやらくすりゆびは塗り終わったらしい。今はきいろでこゆびを塗っている。

 ──マニキュア塗ろうかな。

 伊月がそんなことを言い出したのはついきのうのことだ。は、とおれが問いただすよりはやく、やつはおれを引きずって近所の化粧品店にいき、あしたは朝十時から日向んちいくから、なんていった。決められた。別に部活もやすみだし、かまわないといえばかまわないが、それにしたってな。
 しかもよくもこれだけ揃えるだけの金があったものだ。変なところで感心してしまう。

 おれがグラスの中の氷を口内にころがしたとたん、がしゃあああん! と外で激しいおとがした。おもわずグラスを落としそうになる。「あっぶねぇ!」と叫びつつ窓にはりつくと、木々が揺れ、大雨がふりだしていた。さきほどまでふつうに曇りなだけの天気だったのに、どういうことだ。なんでいきなり大雨になって、しかも暴風が吹き荒れてんだよ。

「ギリギリセーフ」

 なにがだよ、と背後をふりかえれば、伊月がふぅふぅ、じぶんのみぎてに息をふきかけていた。その様子をみるに、どうやら驚愕のあまりマニキュア塗りを失敗してしまうという事態は避けられたらしい。
 伊月はそのままたちあがって、おれの傍までやってくる。

「ねっ、日向、コーヒーなんかよりスコール飲まない?」
「はぁ?」

 ばりばりと氷をかみくだいて飲み込み、聞き返す。すると伊月は「しまった」というかおをした。

「日向はわからないのか!」
「いや、なにがだよ。スコールなんてまずうちの冷蔵庫ねぇし。飲みたいなら買ってこいや」
「そうじゃなくて──、ああ、まさかおれが失敗するなんて」
「マニキュアならまだ失敗してねぇだろ、ダァホ」
「やっぱりわかってない!」

 そんなことをいわれても。おれは眉をひそめ、ひとりわめいている伊月をみる。みぎてを必死にまもっているのがなんとなく滑稽だ。

「なんのことだよ」
「……豪雨とか大雪とか落雷とかを伴って急激に風速が増加する現象を、スコールっていうんだ」
「……おまえいっかい埋まってこい」

 つまりダジャレのつもりだったらしい。それがおれに通じなかったことでショックを受けている、とのことだ。おれはぼりぼりと空いたてでうなじを掻き、やれやれとテーブルにすっかり汗をかいてしまったグラスをおく。
 がしゃあああん、またなにかが吹き飛ばされでもしたのだろうか。風が強くなったのがわかった。

「みぎてかわいたらひだりてにも塗らなきゃなぁ。なんだってこんなタイミング……」
「おれにはおまえがこのタイミングでマニキュアを塗ろうとした意味がわからねぇよ」

 カントクになんか言われそうだし、と肩をすくめ、どっかりと椅子にすわる。ああクソ、風うるせぇ。

「んー、なんとなく?」
「なんとなく≠カゃねぇだろ……、おれにはおまえみたいになんでも俯瞰できるわけじゃねぇし、わかんねぇんだけど」

「あはは」
「ごまかすな」

 つかこれから伊月かえれんのか、天気予報あってるかな。
 テレビのリモコンにてをのばしたところで、伊月にそれを制された。

「……なんだよ」
「せっかくだしもっと普段やらないことやろうよ」
「わけわかんねえんだけど」
「たしか日向ってウォークマンあったよね。貸して」

 今度はなにを、とおもいながらも部屋からとってきてしまうあたり、おれはこいつに甘いのかもしれない。渡してやると、伊月は片耳だけイヤホンをして、なにかをいじりはじめた。……なにもおもしろいものはないと思うが。ふつうに流行りの曲がぽつぽつとはいっているくらいだろう。
 はじめは楽しそうだった伊月だが、徐々に表情が曇っていく。曇っていく──というか、明らかにつまらなそうに。

「……ラジオがはいらない」
「ったりまえだろ。アナログ放送おわってどんだけ経ってると思ってんだよ。たまにはいるけど、なんか英語だし」
「日向英語わからないもんね」
「おまえもだろダァホ」
「ラジオだったらふたりでイヤホンはんぶんこできると思ったんだけどな。残念」

 ……どうやらラジオで天気予報を聞こうとしたらしい。それにしても、なんなんだこいつは。不覚にもときめいてしまった。イヤホンはんぶんこて。リア充か!

「あはは、日向かおあかいけど、期待しちゃった? ちなみにおれは満更でもないよ」
「んなワケあるか────は?」

 残念、といってみせる様は、なんというか、……茶化すような空気はまとっていなくて。なんて返せば。

「日向、ひだりてまでぬりおわったらかえるから、そのとき傘」
「傘なら貸さねぇぞ」
「はっ、日向ナイス! 『かさ』は『かさ』ない=I」
「今のはダジャレ言ったわけじゃねぇから黙れ!」

 ペースを崩されまくりだ。こいつがバスケのときは頼りになる司令塔だなんてマジ信じらんねぇ。のこりのコーヒーを一気にあおると、今度は「自棄のみ?」ときかれる。んなわけあるか。

「日向はどうおもう?」
「は?」

 伊月もようやく窓際からかえってきて、ウォークマンをことんとテーブルにのせる。鞄からノートを取り出して、さきほどのネタをメモしはじめて、そんなことをたずねた。

「なにが」

 艶やかな黒髪のしたからそろいの黒瞳をのぞかせ、伊月はにやりとわらう。

「おれがマニキュアを塗ろうとおもった理由?」

 爪を気にしながらもさらさらと書きたいことをさっさと書いて、伊月はぱたん、ノートをとじる。爪はまったく乱れていない。だいたい渇いたらしい。

「知らねー」

 ちゃのマニキュアの蓋をあけて、液体の量を調節して、伊月はそれをひだりてのこゆびに塗りはじめる。みぎてもだが、どうやらずれないように注意しているようだ。
 利き手だからか簡単にこゆびを塗り終え、満足そうに笑んでから、こたえはね、いきをはく。

「誓い、かな」
「誓い?」
「そう。生まれつき、誓ったことはどうにかして身にきざんでおきたいタイプでさ。キセキの世代≠チてみんななまえに色がついてるだろ? つまり全員まとめてぶったおす、ってさ」
「…………」
「好きなものならなおさら、ね。負けたくない。日向もそうおもうだろ?」
「……ちがいねぇや」

 木吉に誓ったことばを持ち出してくるあたり、こいつはよっぽどおれのことをわかっているらしい。ついでなのでたずねてみる。

「キセキの世代≠ノいないようないろにも、なんかあるわけ?」
「おれんじは体育館、しろはひかり、ちゃいろはバスケットボールと青峰というか桐皇まじぶったおす、みたいな」
「は。よく考えたな」
「お褒めにあずかり光栄ですわー、なんてね。こういうことを考えるのは得意だよ」
「どやがおやめろ」

 誓い、ねぇ。
 おれはくろをとって、「でも黒子は仲間じゃね」と突っ込んでみた。しろを塗りはじめていた伊月はちっちっち、とゆびをふる──ことはできないので、首をふった。

「桐皇は真っ黒さ」
「は。ほぼ打倒桐皇じゃねぇか」
「だってあんなにぼろまけして悔しくないわけがないでしょ」
「そりゃそーだ」

 きゅぽ、と蓋をあけて、筆先から滴るおもたそうないろをみつめる。伊月の見よう見まねで量を調節し、ひだりてのこゆびに塗ってみた。ひやりとした感覚がおちる。また風のせいでおおきなおとが鳴りませんように。確実にビビる。

「日向も?」
「あいにくとおれも負けず嫌いでねー。キセキの世代≠ェなんだダァホ」
「あっはは、なんぼのもんじゃい」

 げらげら笑いながらふたりしてマニキュアを塗っていく。カントクへの言い訳も決まったことだし、遠慮なく。

「わ、日向へたくそー。みぎてはあとでやってあげるよ」
「……おー」

 つかおまえが器用すぎるんだよ。
 ふぅふぅと息をふきかければ、とおくでネットをゆらす、ボールのおとが聞こえた。



先天性クローム症候群



シシー・ラビットの管理人菓子丸からいただきました!
彼女はリア友なのでちょっと遊びまして、日月で、
[スコール][先天性][爪][ラジオ][好きな物]というお題を出させていただきましたww
彼女からの提案です+(・ω・´)
伊月に振り回されてる日向がwwなんともww可愛くてww

菓子丸!今後もよろしく♪