夜の帷が下りた神室町、そこでは現代人の疲れた目に優しくない極彩色のネオンがちかちかと煌めいている。人の波が行き交うこの町で他人へと目を向ける者は居らず――もし居たとしてもそれはきっとキャバクラのキャッチだとか居酒屋の呼び込みなんて類いだろう――、無法地帯、そんな呼称が似合うこの町の裏路地に不用意に入り込むような輩はそうは居ない。故に、裏路地の奥のそのまた奥で私が今置かれている状況に気づく人が現れる可能性は皆無に等しいのであろう。

「あの、私…こういうのは…」
「俺では不満か」
「、そういう訳ではっ」
「なら……構わないだろう」


私の顔を挟みこむように壁に手をついて詰め寄る男のタッパは相当なもので、拒絶の意を籠めて胸板を押してもびくともしない。




その筋の人が着るようなスーツを身に纏った目の前の男に裏路地に連れ込まれたのはついさっきの事であり、先ほどまでは首が痛くなる程に見上げる位地にさった顔が今はすぐ近くにある。隆々とした筋肉を纏った腕に腰を抱かれて耳元に顔を埋められたかと思うと、紫煙と酒気とが混じり合った香りが鼻腔を擽った。



「こういうのは、初めてか?」
「やめ、」
「可愛いな……もう、」
「ひっ…」
「食べちゃいたいくらいだ」

きゅんと子宮が疼くような低音で、むず痒い程に甘い言葉を囁かれ、ぞわりと背中が震える。至近距離でむわりと温い息がかかり、男には相当酒が入っている事が分かった。反論を飲み込む唇を通して伝わる匂いはウイスキーやブランデーといった洋酒の類であろうか。いかにもアルコール度数の高そうな、噎せかえるような酒の匂いと舌の熱さに目眩がした。くちゅりと淫靡な音を立てて口内を無遠慮に這い回る熱の器用さが、男の手練手管を物語っている。



「ん、むぅ」


この男は私に息をさせないつもりなのだろうか。酸素を奪われくらくらと回る頭ではまともな思考が働かない。この非現実的な世界に背を向けた私が最後に見たのは、欲に濡れた男の双眸であった。



120116

酔っぱらい桐生ちゃん



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