※暴力




翳りが差した太陽を愛したのは何時からだろうか。此処では愛してしまった、という表現の方が的確かもしれない。軋む体を起こしながら考えることは、今更どうにもできないようなことばかりだ。彼に魅入られて仕舞わなければ、こんな思いをせずに済んだのだろうか。



「わしはな、みょうじ」

にこにこと笑顔を浮かべながら此方に手を伸ばす家康に、思わずひっと息を漏らす。私の手を易々と包み込む大きな掌が地べたに伏した私の胸倉を掴んだかと思うと、一気に引き上げた。
私の体重など、彼の強腕の前では大した問題にならないのだろう。爪先が地面を掠る程に持ち上げられた体勢はひどく苦しく、僅かな抵抗の意思を込めて彼の腕にしがみついた。それが面白くなかったのだろうか。拗ねた子供のように口元をひん曲げたかと思うと、ぱっと胸倉から手を離した。

自由になった身体は重力に従ってどさりと落下し、思い切り尻餅をついた。その痛みに思わず顔を歪める。すると間髪開けずに家康が馬乗りになり、私の前髪をがしりと掴んだ。
ぐいと無遠慮に引き上げられたおかげで髪がぶちぶちと抜ける。禿げたらどうしてくれる。そんな文句も言えないままに彼を見上げていれば、穏やかな声色が紡がれる。



「お前を愛してるぞ、みょうじ」


にんまりと歪んだ唇がそう紡いだかと思うと、髪を引っ張られたまま口付けられた。べろりと唇を舐められれば、つい先程殴られた時に切れたところがじんじんと沁みる。
ちゅっちゅと無心に口付けを寄越す彼を愛しいと感じてしまっている私もまた、彼と等しく、正常な感覚がどろどろに溶けてしまっているのだろう。どこか他人事のように考える自分に思わず笑ってしまえば、口端がまた少し痛んだ。



120209

題/亡霊



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