※悪魔夢主




「ちゅーが欲しいです」



人差し指で唇をぽんぽんと叩きつつ、にんまりと笑顔を浮かべる。相変わらず陰気な雰囲気の部屋に呼び出され、魔法陣の真ん中で生贄を要求すれば、もれなく彼の眉間に深い皺が刻まれた。

契約関係と主従関係はイコールで結ばれるわけだけれども、悪魔の所望する生贄を差し出さない時は、グリモアの法に依って契約者が裁きを受ける。つまりは生贄を受け入れるまでは、ある程度優位に立つことができるのだ。
それに加えて私の職能は彼にとって非常に有用であることもあり、非情で傲慢な彼に対しても多少の我が儘が通ることは確認済みであった。そうでなければ彼に対してこんな戯言を吐く前に、骨も残さず屠られてしまうだろう。



「生贄はこれで十分な筈だ」

「たまには違うのがいいの」

ショートケーキを差し出して言う彼にあっけらかんと答えて見せれば、こめかみがひくりと動く。あのアクタべ氏が可愛らしいいちごのケーキを手にしている図はなんだか笑えてしまう。



「我が儘言うんじゃねえ」

「だって飽きちゃったんだもん」

「大体何でちゅーになるんだよ」


彼の口からちゅーという単語が出てきたことに吹き出しそうになるのをすんでの所で耐える。
ケーキに不満はないけれど、たまには彼を困らせてやりたいという衝動に駆られてしまったのだが、その目論見は成功したようだ。苛立ちを隠すこともなく私を見下ろす彼の視線は、アンダインちゃんに向けるそれに近いものを感じる。しかし、彼女への態度を思い起こせば、私は随分甘やかされているのだろう。

とはいえ、これ以上我が儘を言えば本当に消し炭にされてしまいそうだ。そろそろ生贄を受け取ろうか、そう思った時、ぐいっと腰を引き寄せられた。胸元に飛び込む形になり、ふわりと柔軟剤の匂いに包まれる。抱き寄せられたことに気づき慌てて上を見上げると。


「ーっ、」


親指で顎を乱暴に押し上げたかと思えば、辛辣な言葉ばかりを紡ぐ薄い唇が私の唇に押し付けられた。時間にすればそれはほんの数秒のことだが、彼の予想外の行動に混乱する私の頭ではやけに長く感じられて。



「これで満足か」


ぱちぱちとショートしてしまった思考回路では、ふわと離れた唇から紡がれた言葉にこくりと頷くことしか出来なかった。
そんな私を怪訝そうに見詰めた彼は、舌打ちをまたひとつして。



「なら、とっとと働け」

べしっと叩かれた頭だけでなく、頬までじんじんと熱を持っていったのはきっと、気のせいだと思いたい。




120124




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