俺の声が好きなんだろう?

 耳に届いたかすかな「音」にピタリ、と指を止めた。
 頭をもたげ、きょろきょろと周りを見渡したけれど、分かり切っていた事に、この部屋には私以外には誰もいない。ただ、私と私の目の前に一台のグランドピアノが鎮座ましましているだけだった。
 では外だろうかと耳をすませてみれば、換気の為に小さく開けた、人がなんとか潜れる程度の小窓から、葉擦れの音と、高く澄んだ鳥の声が聞こえてきた。その更に遠くからは、せわしなく活動する気配とも言えるだろうか、人が生み出す音も途切れる事なく聞こえている。今の時間は、部活動の音だろう。新入生を向かえた部活は、音すらも新鮮でいて少しそわそわしているように聞こえて、笑みをこぼした。それらの音達を拾い集めても、結局最初に注意を引いた音を見つけることが出来ず、空耳かな?と軽く首を傾げた。
 気を取り直して、艶やかに光るピアノに指をおき、すうっと息を調えてから滑り出した。

「      」

 今度ははっきりと捉えたその音――歌声――にピタリ、と再び指を止めた。歌声も止まる。
 きょろきょろ、と分かっていながら性懲りもなく辺りを見回した。思わずピアノの下まで覗き込んでしまった。勿論、誰もいない。いたらいたで困るけれど。
 この部屋はピアノが置いてあることからも分かるように、一応防音されている。一応、と言ったのは立海に音楽科がある訳でもなし、完璧な防音とは程遠く、音漏れしているのを知っているからだ(音楽科の実態を良く知らないので、もしかしたら、そういう学校のレッスン室も音漏れしているかもしれない。でも、絶対ここよりはマシだ)。
 それでも、かすかな人の歌声を中に通してしまう程残念な作りでもない。校内で熱唱しているならともかくとして、だ。

 ふむ。

 もう一度、曲を弾いてみると、やはり聞こえてきた。耳に集中して、わざと不自然な箇所で曲を止める。
 すると、英語の歌詞がワンフレーズだけピアノの音から飛び出した。そして、少し開いた窓から部屋に入ったけれど、吃驚したように急いで引っ込んだ、ように感じた。明らかに私のピアノに合わせて歌っている。

 そっと窓辺に近寄り、小さく開いていた窓を一気に開け放って、誰なのか特定してしまおう――と思ったけれど、それをするのが、無粋に感じた。
 ワンフレーズだけピアノから飛び出したその声は、低くて、落ち着いていて、綺麗な声だった。下手くそな私のピアノに合わせてしまうのが申し訳ない位に。

 再び曲を弾き始めると、先ほどのフェイントを警戒してか、そろり、そろり、抜き足差し足といった態で歌声が続く。口の端を上げて、ピアノを弾いた。何度も間違えながらも曲の中ほどまで来ると、もう大丈夫と判断したのかより一層朗々と歌い上げていく。
 ――その声がとても好きだ、と思った。



 謎の歌声とのデュエットは、その日から日課となった。



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